第10話 決着
決着は一瞬だった。
火花が咲き散るその間。
瞬きほどの瞬間に終わった。
「ニャーハッハ! 85点は所詮85点!
ところどころ肌をブスブスと焦がしながら。
マチルダは上半身を反らして哄笑した。
無傷だった。
幼女の身体には、傷の一つもついていない。
さすがの俺もこれには少々驚いた。
パルテノの全霊を込めた一撃は、恐らくこの世界で出し得る最高クラスの魔力であったはずだ。
マチルダはそれを大鎌によって即席で創りあげた単純な魔法障壁のみで防ぎきった。
つまり彼女は物理的な能力だけではなく。
本来の属性ではないはずの、魔法においても世界最強レベルだと言うことだ。
パルテノは全ての力を使い果たし、マチルダの足元で仰臥していた。
もはや指の一本も動かせぬというように、四肢を放り出し、仰向けになって夜の空を睨み付けている。
「……殺せ」
やがて。
パルテノは呟いた。
「私にとっては力が全てだった。国王軍から排斥され、雇われの傭兵にまで身を落とした私にとって、この魔法能力のみが生きる拠り所だった。それがここまで見事にへし折られたのだ。もはや生きる意味もない」
マチルダはパルテノを睥睨していた。
暗くて表情はよく見えなかったが、少しだけ笑っているようにも見えた。
「やなこったー」
マチルダはべーとベロを出した。
「あたしは壊れたおもちゃには興味ねーんだ」
パルテノは怪訝そうに顔をしかめた。
「……どういう意味だ」
「意味もくそもねー。あたしがテメーの相手をしてたのは、テメーがおもちゃとして相応しかったからだ。今のオメーはもうおもちゃじゃねー。死にたけりゃ勝手に死ね」
マチルダは舌足らずに、いかにも子供っぽく言った。
パルテノはくつくつと笑った。
「なるほど。介錯をする価値もない、ということか」
「あたしに殺してほしけりゃもう一度おもちゃになれ。それが無理なら、金を用意してカワカミに頼むべし!」
マチルダはそういうと、俺の方を指差した。
「それじゃーな! ジジイ!」
幼女はそれだけ言い終えると。
身体を翻して夜の闇に消えて行った。
夜の闇に静けさが戻った。
先ほどのバトルが嘘のような静寂が森に満ちた。
パルテノは億劫そうに首をこちらに向けた。
「……あんたが仲介者か」
「うん」
「彼女を雇うのに、いくらかかる」
「そうですね。ざっと、戦車100台分くらいですか」
俺は肩をすくめた。
パルテノはくくっと笑った。
「さすがに高すぎる。もう少し負からんか」
「いいよ。ただし、それには条件があるんだけど」
「条件?」
「うん。その条件ってのは――」
「い、命だけは助けてくれ」
言いかけた俺を遮って、俺の足元にいたレッグストアが口を挟んだ。
さきほどの衝突の刹那。
凄まじい衝撃波の中、俺はレッグストア卿の首根っこを掴むと、化け物どもから少し離れた位置へと移動した。
卿の持つ"鞄"を戦闘から守るためだ。
レッグストアは恐ろしさに腰を抜かし、既に立てなくなっていた。
今も俺のすぐ近くで情けなく尻餅をついている。
「た、頼む! 金はいくらでも払う! だから、命だけは」
レッグストアは不様に俺の足にすがり付いた。
俺はにこりと笑いながら、懐中からナイフを取り出した。
「その条件ってのは、標的(ターゲット)が万死に値するかどうか。生きる価値のない、畜生以下の人間かどうか、です」
俺は笑ったまま。
レッグストアの頸動脈を掻き切った。
「こいつみたいな、ね」
パルテノは苦笑した。
それから「そいつはゴメンだな」と言った。
「なら、お金を貯めてください。死神と、もう一度闘いたいなら」
「そうすることにしようか」
パルテノは夜を眺めながら言った。
「さて。それじゃあ、俺はこの辺で」
俺は懐から錫(すず)を取り出した。
「また会う日があれば、そのときに」
そしてそれを鎮魂歌のようにして
――チリン
と鳴らしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます