第9話 パルテノ


 現代の魔法医学では、人類の魔力は脳幹から脊髄にかけての中枢神経部でコントロールされているということが判明している。

 しかし、人間には魔力が暴走し枯渇することを予測し、その発露をセーブする本能が備わっている。

 故にヒトが本来的に持つ魔力は、そのおよそ80%は生涯の内に遣われることはないと言われている。


 しかし、稀に魔力をコントロールする部位に欠陥を持ち、その力を100%近くまで放出・解放することが可能な人間がいる。

 彼らは呪符の練り込まれた銀製のアクセサリーを首に巻くことで、人工的に魔力をコントロールしていた。

 そうしなければ力が暴走してしまい、魔力がたちまちの内に払底され、その人間はまともに生活を送れない。


 パルテノはその稀有な人間の一人だった。

 彼は元々、生来的に魔力の量が図抜けて多かった。

 魔法を体得、使役するセンスもあった。

 そのお陰で幼い頃からその才能を見出だされて、魔法のエリートコースを生きてきた。

 だが、ある日。

 パルテノの魔力は暴走した。

 突然、コントロールが効かなくなった。

 しかも悪いことに、その障害の発症は戦闘中に起こった。

 彼のその膨大な魔力に裏打ちされた凶悪な魔法は制御を失って、その潜在能のまま、敵味方の区別なく多くの人間を殺した。

 

 パルテノはそれ以来、首には必ず銀のチョーカーを着けていた。

 を外すことは生涯ないと考えていた。

 パルテノは魔法の天才だった。

 故に、制御さえ出来て入れば、どのような戦闘にも勝てるという確信があった。

 事実。

 国王軍をクビになり、私兵や傭兵になってからは、一度も敗北したことはなかった。

 どんな闘いでも戦果を残した。

 どんな人間も駆逐した。

 銀の首飾りリミッターがあろうと。

 常に最強だった。

 

 その男が、今。

 銀のチョーカーを引きちぎった。


 もはやこれで魔力が尽きても構わない。

 今。

 この戦闘に勝てさえすればそれで良い。

 そのくらいの覚悟が無ければ、このガキには勝てまい。

 命を犠牲にしなければ、この死神には敵うまい。

 パルテノは生まれて初めて、自分が絶対に勝てないと思う人間に出会ったのだった。


「ハンデをやるよ」

 この期に及んでも、死神マチルダは余裕綽々だった。

「詠唱時間はたんまりくれてやる。どれだけ時間をかけてもいいから、全力で来い」


「お言葉に甘えさせてもらう」

 パルテノは両手を合わせた。

「最早プライドもなにもない。貴様に、私の命をぶつけるのみ」


 ズゴゴゴゴ……。

 地鳴りのような低音が響いた。

 大地は揺れ、大気は振動した。


 パルテノの姿が歪んで見えた。

 あまりの魔法圧に空間が捻れていた。

 大海のように茫洋とした魔力が一点に集中していく。

 その切っ先は槍のように尖り、依られ縒られて、凶悪に尖鋭化していく。 

 その魔力はやがて具現化され、実体を伴った魔槍となった。


 その鉾の先には――幼女がいた。


「ニャハ!」


 彼女は笑い、懐中から取り出した短刀を翳した。

 それからその小さな唇で何事か呟くと、その刀はやがて形を変えた。

 刀身が伸び、大きく曲がった。

 瑪瑙のついた柄は意志を持ったように長く成長した。

 その小さな身にはいかにも不相応なほどに巨きくなった。


 そうして。

 短刀は大鎌デスサイズへと変形した。


「にっしっし。いいね。いい感じだ。それじゃ、あたしもちょっぴり本気を出すなり」

 

 幼女(マチルダ)は身の丈の倍以上もある大鎌を背負った。

 月を背負い、踊るように構えを取るその姿は――


 まさに死神そのものであった。


「瑪瑙の付いた大鎌、か」 

 パルテノは呟いた。

「くっく。口承は真実であったか。命の瀬戸際だと言うのに、見惚れてしまったよ。悪魔のように美しい姿だ。最期に闘えたことは、光栄だった」


 刻が来た。

 無尽蔵に増幅していた魔力の上昇が止まった。

 その瞬間、パルテノは魔法限界リミットを超えた。


 一瞬。

 森に静寂が落ちた。


「勝負だ。死神」


 その言葉と共に。

 極限の魔力槍を構えたパルテノが、マチルダへと突進した。 


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