第149話 藤咲さんとお料理を

「あの~」

「――っ!? いらっしゃいませ!」


 俺が留美と一緒に店内に入ると、藤咲さんは嬉しそうな表情で挨拶をした。

 しかし、入ってきたお客が俺だと分かると固まった。


「や、山本! どうしてここにっ!?」

「えっと、従妹と遊んでいたのですが、偶然連れて来てもらったお店がここでして……」

「すっごくすいてるわね!」

「コラ、留美。そういうことはあまり――」

「いいんだ、事実だからな……はぁ、情けない限りだ」


 本来なら予約を取るのも難しいはずなのに、他に誰も居ない。

 こんな店内は初めてだ。


「俺が居ない1年の間に、一体どうしちゃったんですか?」

「……2人とも席についてくれ。料理を出すから、話を聞いてくれるか?」


       ◇◇◇


「すっごく美味しい!」


 恐らく初めての高級フレンチに留美は舌鼓を打つ。


「こんなに美味しいのに、どうして人が来ないのかしら?」

「……もしかして、1年前の俺の記事のせいで?」

「そ、そんなことはない! ……と思う。だが、新しくできた倉持の店の方にお客さんが流れて行っているのは確かだ」


 藤咲さんは腕を組んで説明を始める。


「……倉持の言う通りだった。この半年間で客層がガラリと変わったんだ。再開発によって、若い女性が多く住むまちになった。常連客はまだ来てくれているが、新しいお客さんはみんなあちらのお店に行ってしまう」


 倉持さん……俺がアメリカに行く前に藤咲さんのお店で啖呵を切っていた女性だ。

 フランスでのお料理修行は上手くいかなかったみたいだけど、経営者の視点としては正しかったみたいだ。


「確かに、『ラ・フォーニュ』は店構えも高級志向ですし、若い子が入るにはハードルが高いですもんね」

「私は来たわよ?」

「留美のことだから、このお店が大人っぽいってだけで選んだんでしょ?」

「うっ……まぁ、そうだけど」


 藤咲さんはため息を吐く。


「店の佇まいが入りにくさを増長しているのは分かるが、常連さんたちはこの店を好きでいてくれているから容易に変えることもできん。どうにか、お客さんを呼び込めると良いんだが……」


 藤咲さんの悩みを聞いて、秘策を思いついた俺は胸を叩いた。


「藤咲さん、俺に任せてください!」

「な、何か方法があるのか!?」

「はい! 留美も手伝ってくれる?」

「はぁ? あのね――」


 留美はあきれ返った表情をする。


「アンタに恩返しができる機会を私が見逃すハズないでしょ?」


       ◇◇◇


 休日、俺は『ラ・フォーニュ』のお店の前で紙コップや寸胴鍋を用意していた。

 俺の呼びかけで、留美だけでなく柏木さんや文芸部のみんなも手助けに来てくれている。

 そこに、高笑いをしながら倉持さんまで現れた。


「おーほっほっ! あらあら、果たして今日は何人お客さんが来てくれるかしらね?」

「こんにちは、倉持さん」


 俺が挨拶をすると、倉持さんは固まった。


「ちょ、ちょっと藤咲……誰よこの殿方は? 紹介しなさいよ」

「お前みたいな奴にするわけないだろ。というか、わざわざ毎日煽りに来るな」

「ふん! 今日は何やら秘策があるみたいだけど、果たして上手くいくのかしら?」

「まぁ、見ててくださいよ」


 俺は自信満々に答えて、鍋を火にかけて温める。


「無料でスープをお配りしています! いかがですか~!」


 紙コップに注いだ藤咲さん特性のスープをお盆に載せて、俺は集団で歩いている女性たちに声をかけた。


(恐らく、最初は誰も来てくれない。でも、根気強く頑張れば……)


「キャー! 見て!」

「行こ行こ!」

「すみませーん! スープくださーい!」


 俺の予想とは裏腹に、周囲の女性たちがすぐに集まった。

 しかし、なぜか俺を遮るように柏木さんや留美、足代先輩が笑顔で女性たちにスープを渡す。


「はいどうぞ! スープです!」

「スープならこちらからどうぞ!」


 物凄いやる気だ。

 どこか不満げな表情の女性たちは渡されたスープを口にすると、驚きの表情を浮かべた。


「――っ!? これすっごく美味しいわ!」

「本当ね!」

「こんなに美味しいスープ、飲んだことない!」


(よし! 思った通りだ!)


 藤咲さんのスープ・ド・ポワソンは世界一美味しい(と、俺が個人的に思っている)。

 口にするキッカケさえ作ればきっと驚いてもらえると思っていた。

 俺はさらに女性たちに宣伝をする。


「本日から、スープのみのテイクアウトも始めました。ぜひ、お気軽に『ラ・フォーニュ』をご利用ください!」


 そう言って、笑顔を向けると彼女たちは顔を赤らめて頷いた。

 そんな様子を見て、倉持さんは鼻で笑う。


「あらあら、何をするのかと思いきやこんな草の根活動なの? それに、スープだけとはいえ、藤咲のお店のは安くないでしょ?」


「買うわ!」

「これは夫にも飲ませてあげたい!」

「自分へのご褒美に良いかも~!」


 しかし、倉持の予想に反してスープは売れて行った。

 俺がこのスープを気に入っている理由はその“濃厚さ”だ。

 スープ・ド・ポワソンは『飲むというよりも食べるスープ』と言われている。

 手間を考えると安くは作れないこのスープ、無料で配っている分は本当に少ない。

 それでも一口飲めば、確かな満足感を得ることができ『この値段でも決して高くはない』と思わせる魅力が十分にある。


 人が集まり、繁盛していく様子を見て倉持さんは強がった。


「ふ、ふん! スープだけ売れたって大した利益にはならないでしょ!」

「そうです。でも、大切なのはスープが売れることだけじゃありません」


 スープを手にしたお客さんたちはみんな、外に置いてある『ラ・フォーニュ』のメニュー表を持って行く。


「このお店の味をちゃんと知ってもらうことです」


 俺は語る。


「見た目で足を遠ざけられてしまったり、勝手なイメージのせいで藤咲さんのお料理を食べてもらえない……俺には何となくその痛みが分かりますから」

「…………」


 倉持さんは、黙って周囲の人たちが喜んでいる様子を見ていた。


「――ほら、倉持。お前の分だ」


 藤咲さんはそう言って、倉持さんにスープが入った紙コップを手渡した。


「スープ・ド・ポワソン……」

「修業時代、お前が作れなかった料理だ」


 一口飲むと、倉持さんは驚きの表情を浮かべた。

 しかし、すぐに紙コップを握りつぶして悪態をつく。


「み、認めるもんですか! バーカバーカ!」


 そして、そのまま走り去っていってしまった。


「行っちゃいましたね……小学生みたいな悪態をついて」

「アイツは昔からああなんだ。気にしなくて良いさ」


       ◇◇◇


 後日、お昼の『ラ・フォーニュ』は新しい女性客のお客さんで賑わっていた。

 アルバイトで入っている山本は料理を運びながら藤咲に笑顔を向ける。


「やりましたね! 藤咲さんのお料理の美味しさが、認められました!」

「あ、あぁ……そうかもな」


 藤咲は手に週刊誌を持って、独り言をつぶやく。


「……それだけじゃないみたいだけどな」


 そこには、『超イケメンシェフのいるお店!』と書かれた記事が載っていた。


――――――――――――――

【業務連絡】

明日の投稿で最終回となります!

同時に『新連載』も始まりますので、読みに行ってもらえると嬉しいです!


活動報告で山本リベンジ3巻(最終巻)の素晴らしい表紙が見れますので、ぜひ見に行ってみてください!


最後まで、何卒よろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る