第145話 君を助けに その3

「――おい、何だか外が騒がしくねぇか?」

「どうせメンバーがなんかヤンチャしてるんだろ」

「まぁ、おおかたこのクソ女が捕まってみんな喜んでるんだろうな」


 廃倉庫の奥の部屋では、アウトランダーの幹部たちがそんな話をしている。

 そして、手足を縛られた千絵理が大柄な男の前に突き出されていた。

 千絵理は気丈な態度でその男――アウトランダーのリーダーに啖呵を切る。


「ふんっ! 私を攫うなんて、随分と卑怯なことするわね!」

「うるせぇ、お前の親父が余計なことしたせいで俺たちは辻高に居場所が無くなってんだ!」

「貴方たちがイジメをやめれば良い話じゃない! 悲しい思いをしている生徒が沢山いたのよ!」

「弱ぇ奴らを利用して何が悪ぃんだよ! へっ、人の事より自分が今から何されるのか分かってんのか?」


 リーダーが手で指示を出すと、アウトランダーの幹部たちはニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら千絵理に近づく。


 千絵理の頬を一筋の汗が伝った。


「……今から楽しくパーティーをするには部屋の飾り付けがイマイチね? これ、ほどいてくれたら私も手伝えるんだけど?」

「へへっ、気の強い女は嫌いじゃねぇ」

「撮影の準備も整ってるぜ?」

「これからも日常生活を送りたいなら、もう俺たちには逆らわないことだな」

「さて、さっさと服を脱がせちまうか」


 千絵理は震えながら、祈るように言葉を紡ぐ。


「……きっと、きっと助けが来てくれるわ。貴方たちは終わりよ」


 千絵理の言葉にアウトランダーの幹部たちは大笑いする。


「馬鹿が! 来るわけねぇだろ!」

「いくら泣き叫んでも無駄だぜ? ここはどんなに騒いでも周囲に聞こえねぇからよ」

「それに、部屋の鍵もかけた。誰も入って来れねぇ!」

「へっへっへっ、それじゃあお楽しみといこうか!」


 男たちの手が千絵理へと伸びる。

 千絵理は思わず、目を瞑って声を上げた。


「助けてっ……!」


 ――ドガァン!


 その瞬間、部屋の鉄扉が大きな音を立てて吹きとんだ。


       ◇◇◇


「何だ!?」

「て、鉄の扉が吹き飛んでる……」

「爆弾でも爆発したのか!?」


 俺が倉庫の奥の扉を蹴破ると、アウトランダーの不良たちの声が聞こえた。

 そして、それ以上に俺の耳にはハッキリと聞こえた。

 千絵理の――「助けて」という声が。


「なんだ、このボウズは!?」

「チッ、誰か知らねぇが、やっちまえ!」

「「うぉぉぉ!」」


 部屋に入ると、男たちが襲い掛かってくる。

 喧嘩なんてしたことのない俺は吉野先輩みたいに上手く攻撃を躱すことなんてできない。

 だけど――躱す必要もない。


「ふんっ!」


 ――ドカッ!


「何だ、コイツ!?」

「全部、身体で受け止めやがった!」

「岩みてぇに、ビクともしねぇ!!」


 俺の左側頭部を蹴った奴の足を掴むと、そのまま周囲を蹴散らすように振り回す。


「おりゃぁぁ!」


「ぐわぁぁ!?」

「あり得ねぇ! こいつ、人間を小枝みてぇに振り回しやがった!」

「どんな馬鹿力してやがる!」


 俺が振り回した男は泡を吹いて気絶していた。

 そして、他の男たちも同様に手や足を掴んでは振り回してぶん投げる。

 人を殴るのは抵抗があるから、俺にはこっちの方が向いてそうだ。


「テメェら! どいてろ! そんなひょろい男、俺がやってやる!」


 そしてついにリーダーらしき一番屈強な男が俺に襲い掛かってきた。


 ──その時、俺は部屋の奥で縛られた千絵理が驚いた表情でこちらを見ていることに気が付いた。


(千絵理、怯えてる……)


 あの気丈な千絵理が「助けて」って言ったくらいだ。

 一体どれだけ怖い思いをしたのだろうか。

 そう思うと俺の心の奥はグツグツと怒りで煮えたぎった。


「てめぇみたいなヒョロガリ、ぶっ潰してやる!」


 俺は掴みかかってくるアウトランダーのリーダーの両手を掴んで取っ組み合いの体勢になった。


 全身に汗をびっしょりとかきながら、俺をひねり潰そうと渾身のチカラを込めているようだった。

 俺は一度大きく息を吐いて怒りを鎮めながら、ゆっくりと語りかける。


「考えてみたことあるか? イジメられる側の気持ちを」

「ぬ、ぐぐぐぐ……! て、てめぇなんか……!」

「どれだけ怖いか、どれだけ不安か、孤独か、死にたくなるか……」

「ぶっ……ぶっ潰して……やる……!」


 俺は相手の手を掴んだままゆっくりとひねりあげていく。


「い、いだだだっ! う、腕がおれ、折れちまう!」

「こんなもんじゃないぞ? お前たちにイジメられた人たちの痛みは」

「お、お前たち! 今のうちにコイツを攻撃しろっ!」


 全身に脂汗をかきながら必死に周囲に指示を出す。

 しかし、取り巻きたちの目には恐怖の色が浮かんでいた。


「と、とんでもねぇ! 俺たちもその化け物に殺されちまう!」

「俺は降りるぜ! もう関わりたくねぇよ!」

「もう悪い事はしねぇから! 見逃してくれ!」

「くそっ! テメェら! 逃げるんじゃねぇ!」


 気絶した仲間を置いて、他の組員たちは逃げて行った。

 骨が折れるギリギリまで腕をひねりあげると、俺はアウトランダーのリーダーに最後の警告をした。


「また誰かに悲しい思いをさせてみろ、お前の全身の骨を折ってやる。お前が攫ったのは医者の娘だ、大怪我をしようが、どこの病院でもお前は診て貰えない」


 ミシミシと骨が軋むような音が聞こえる。


「気がつけよ、お前も周りに助けられながら生きてるんだ」


 アウトランダーのリーダーは玉のような汗をかきながら、憔悴していた。


「は、はぃぃ! わ、分かりました! 分かりましたから! う、腕を離してぇぇ! 本当にすみませんでしたぁぁ!」

「心を入れ替えるか?」

「お、お前みたいなのにもう関わりたくねぇよ! 俺はもう辞める! 喧嘩も、イジメも、全部っ!」


 俺が手を離してやると、アウトランダーのリーダーは必死に逃げ出す。

 改心はさせられなかったみたいだけど、お仕置きはできたからここまでにしておこう。

 それに、これ以上千絵理を怖がらせたくない。


 振り返ると、両腕を縛られたままの千絵理が跳びついてきた。

 俺は慌ててその身体を受け止める。


「流伽っ! ありがとう! 本当に助けに来てくれたのね!」

「えっ!? 千絵理、どうして俺だって分かるの!?」

「分かるわよ! そんな綺麗な瞳をしてるの、貴方しかいないわ! それに――」


 俺が千絵理の縄をちぎってやると、千絵理は一段と大人びた表情で笑った。


「1年前に約束してくれてたでしょ? 『流伽が私を助けに来てくれる』って……!」

「うん、千絵理が無事で良かった……」


 泣き顔の千絵理を優しく抱きしめる。

 感動の再会だけど、俺はすぐに大事なことを思い出す。


「そうだ、吉野先輩を助けにいかないと! 千絵理、俺のそばを離れないで!」


 千絵理と一緒に倉庫の外へと飛び出す。

 そこでは、すでにアウトランダーの組員たちは全員倒れていた。


 ――そして、吉野先輩の前で佐山が苦しそうな表情で膝をついている。


「くそ……! なんで俺がお前なんかに……!」

「佐山殿……どこで間違えてしまったでござるか? どうして、こんなことになってしまったでござるか?」

「う、うるせぇぇぇ!」


 最後の力を振り絞り、殴り掛かってくる佐山の拳を躱して吉野先輩はトドメの一撃を腹に入れた。


「ぐっはぁぁ……」


 悔しそうな感情をにじませながら、佐山が崩れ落ちる。


「本当は、リングの上でリベンジしたかったでござるよ……」


 吉野先輩は口元の血を拭うと、少し悲しそうに呟いた。


 ――――――――――――――

【感謝!!】

 久しぶりの投稿にも関わらず、沢山の方が読みに来ていただいていて大変嬉しいです!

 ☆を入れてくださった皆様、大変励みになります!

 至らない点も多々あると思いますが、明日からの投稿も頑張りますので引き続きよろしくおねがいいたします!


 <(_ _)>ペコッ

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