第137話 藤咲さんは甘やかしたい

【前書き】

山本のアルバイト先の店長。

藤咲さん視点です。

――――――――――――――


「本当にすまなかった! つい、油断していて……」


「な、何を言ってるんですか! 藤咲さんはいつも通りに生活していただけです! むしろ、俺が転がり込んでしまっているせいでご迷惑をおかけしてるんですから!」


 山本は淀みのない所作で、寝間着に着替えた私に土下座をした。


「そ、それに……藤咲さんの……その……み、見てしまいましたし……」


 山本がそう言うと、彩夏は得意げに胸を張った。


「ほら、藤咲さん! 私が言った通りじゃないですか! 可愛い下着を着ておけば、いざという時に助かるんですよ! 昔みたいな地味な下着じゃ――」


「彩夏、今すぐ風呂に入ってこい」


 私は彩夏の口を手で塞ぐと、笑顔を作ってそう命令した。

 彩夏は私の様子に恐怖を感じたのか、そのままコクコクと首を縦に振って、お風呂に向かった。


 彩夏が私と一緒に生活するようになって、買い物も一緒に行くようになった。

 その際、彩夏が私に似合う下着を何着か見繕ってくれたのだ。

「……別に下着なんて誰に見せるわけでもないから何でも良いだろう?」

「ダメですよ! 見えないお洒落です! それに、見られないとも限りませんよ!」

 そんな調子で正直、必要ないと思っていたのだが……可愛い下着を着けていて良かった。

 いやいやいや、そもそもダメだろ見せちゃ。

 でも、山本に見せることが出来て嬉しい自分も居る……。


 そんな風に頭の中でグルグルと考えていると、山本は何やら改まって真剣な表情をした。


「すみません、藤咲さん。彩夏はともかく、俺はできるだけ早くここを出ていきますから」


「……へ?」


 そんなことを言われてしまい、私は慌てた。


「ま、待ってくれ。今回の件は本当に私が悪かった! 次からは気を付けるから」


「何で藤咲さんが謝るんですか!? 違いますよ、俺がいると藤咲さんは家でリラックスできないじゃないですか」


 山本の気持ちを聞いて、私はホッと胸を撫でおろす。

 私が山本に対して抱いてしまっているよこしまな思いが見透かされてしまったわけではないらしい。


 山本も別に出ていきたいわけじゃないなら、私の答えは一つ。


「山本、居たいだけここにいて良いんだ。君はまだ子供だろう? 大人の私に要らぬ気を使わなくて良い」


「で、でも、藤咲さんのご迷惑になってしまうんじゃ……」


 迷惑なんかじゃない。

 そう言うのは簡単だが、私は思ったことがあった。

 山本にはそれよりもっと必要な言葉がある。


「――山本。君を見ていて、思ったことがあるんだ……」


 私が語り出すと、山本は不思議そうに私を見た。


「君は小さいころから親が居なかっただろ? もしかして、今まで気を許せるような年上の人間が周りに居なかったんじゃないかって思ってな」


 山本は少し考え始める。


「……確かに、年上の知り合いって言ったら藤咲さんくらいしかいませんでしたね。1年前に蓮司さんって方と知り合いましたが、お忙しい方であまり話もできませんでした」


 山本はしっかりしている。

 いや、し過ぎている。

 それは自分からそうなったのかもしれないけれど、そうならざるを得ない環境があったのだろう。

 たった1人で、妹の彩夏と自分の生活を守らなければならない。

 頼れるお兄ちゃんとして嘘を吐いてでも強がって振る舞い続けないといけない。

 だから、山本は迷惑をかけないように1人でここを出て行こうだなんて言い出すんだ。


 私は覚悟を決めると、大きく深呼吸した。


「山本、私は不器用だ。気の利いたことも言えない。私の方が年上なのに、お前にはいつも助けられてばかりだ。沢山、気も使わせてしまったよな」


 そう言いつつ、私はリビングの床に座り込んでいる山本の真正面に座った。

 そして、山本の頭を掴んで自分の胸にギュッと押し付けて抱え込んだ。


「――!? ふ、ふふ、藤咲さん!?」


 山本は慌てて少し暴れたが、私は逃すまいと胸の中で抑える。


「もっと私に甘えてくれ、弱いところを見せてくれ。私にくらい、いっぱい迷惑をかけてくれ。お前はいつも頑張ってるんだから」


「……藤咲さん。俺は平気で――あ、あれ!? すみません、なんか涙が……」


 私の胸の中で、山本はホロホロと涙を流し始めた。

 当然だ、山本は16歳の子供。

 親も無くこれだけ過酷な人生を歩んできて平気なはずないだろう。


「グスッ……うぅ……ごめんなさい」


「よしよし、いっぱい泣いてくれ。大丈夫、彩夏はいつも長風呂だからな。それに君もこの後お風呂に入れば泣いてたことはバレないさ」


 山本は何年間もイジメに耐え抜いてきて、たった一人でアメリカに行くことになって、辛い治療を乗り越えてきた。

 自分では平気だと思っているかもしれないが、心は疲弊して傷ついている。

 帰国後に私の作ったスープを飲んで気が緩んだだけでも涙が出たくらいだ。

 こうして思い切り泣く機会でもないと、いつか心がポッキリと折れてしまう。


「すみません、藤咲さんの寝間着を汚してしまって……グスッ」


「馬鹿言うな、こんなに綺麗な涙は無いさ。私こそすまない、風呂から出たばかりだからな。まだ髪も濡れているし、少し体温が暑苦しいかもしれない」


「いいえ、凄く落ち着きますし、良い匂いがします……あっ、す、すみません! 変なこと言って!」


「こら、謝るのはもう禁止だ。いいから彩夏が出てくるまで私の胸で泣いていろ。山本の為ならいつでも胸を貸してやる」


 お酒を飲んだおかげで少し思い切ったことができた。

 私の顔も真っ赤になっているだろうが、風呂上がりだし、不自然じゃないだろう。


「……藤咲さん。ありがとうございます」


「ふふふ、これで私も少しはカッコ良い所が見せられたかな?」


「藤咲さんはいつでもカッコ良いですよ」


 私は山本のサラサラとした綺麗な髪を撫でた。

――――――――――――――

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