第115話 アイドルプロデューサー


 ラウンジの隅で縮こまっている私は周囲をキョロキョロと見まわしながら、日本の厳しい飲料水水質基準を通過した名水、水道水を飲んでいた。


「では、私は御用があるまでは待機しておりますので。ごゆっくりとお楽しみを」


 アテンダントさんは私がすぐに呼び出せる位置に優雅に立ち、ニコニコと落ち着いた笑顔を浮かべているのみである。


(なんかキラキラした大人の人ばかりで落ち着けないよ~、うぅ~)


 そんな風に困っていると、またVIPラウンジの入り口が開いた。


 入って来たのは、高級そうなドレスに身を包んだ私と同じくらいの年齢の女の子。

 髪の毛は派手なピンク色で、日本人じゃないようにも見えた。

 そして、アイドルみたいにイケメンな男性を5人引き連れて、すまし顔でラウンジを歩いている。


(あ、あれ全部アテンダントさんなのかな~? すご~い、私もどうせだったらイケメンの男の子とかに付いてもらった方が……そして逆にお世話したい!)


 勝手に妄想を膨らまして現実逃避をしつつ、私は目の保養とばかりに彼らを見つめていた。


 彼女は私の座っている一人掛のソファーの斜め向かい側に座り、そのうちの一人に指示して各種フルーツジュースを持ってこさせた。

 そばのテーブルにグラスを並べてさせて、それを運んでいたトレーはテーブルの横に立てかける。


 数秒思案した後、そのうちの一つのグラスを持ってワインでも味わうように優雅にドリンクを口にした。

 一つ、大きなため息を吐くと背もたれに深く寄りかかってその子は脚を組んだ。

 それを合図にするかのように、イケメンの男の子たちはビシッと横並びに整列する。


「良いか? お前たち『セレスティアル』は私が直々に選んだ次世代を担うアイドルグループだ! これはパパとの勝負なんだから、気合入れてよね!」


「「はいっ!」」


(ほ、本物のアイドルなんだー! しかも、デビュー前!? それで、あの可愛い女の子がプロデューサーさん!?) 


 貴重な現場に立ち会えて、私はゴクゴクと水を飲みながらイケメンたちを凝視する。


「ミュージックビデオはアメリカで撮る。現地のエキストラを雇うから、楽しそうに話しなさいよ」


「で、ですが……僕たち、英語なんかサッパリで……」


「おかしいわね? 日本の学校だと中学生の時に3年間勉強するんでしょ? なんで3年も勉強して少しも喋れないのよ!」


「そ、そう言われれば確かにそうですが……」


 話を聞く限りだと多分、彼女は英語と日本語が混在する環境で育ってきたのだろう。

 そんな彼女にとっては、日本人が英語を学ぶのは一苦労だということも分からないのかもしれない。


「まぁ、いいや。ビデオでは会話なんて入らないから、楽しそうな雰囲気だけ作ってくれれば。飛行機が来るまでは好きに寛いでなさいな」


「はい!」


 ホッとしたような表情でアイドルたちは解散する。


 そのうちの一人が何故だか、笑顔を浮かべて私のもとに近づいてきた。


「ねぇ、君。さっきからずっと俺たちのこと見てたでしょ?」


「……へ? へぁぁあ!? ご、ごめんなさい! 勝手に見てしまって!」


 流石アイドル、人の視線には敏感なのだろうか。

 こっそりと見ていたつもりだったけどバレてしまっていた。


 そのアイドルはニッコリと笑う。


「良いよ、むしろ君みたいな可愛い子に気にしてもらえるなら嬉しいし! 良かったら連絡先を――」


「――なにしとんじゃコラー!」


 イケメンが笑顔のまま私の目の前でX軸にスライド移動した。

 さっきの女の子プロデューサーに顔面を蹴り飛ばされたのだった。


「こんな高級ラウンジに居るのはあんたが手を出せるような相手じゃないわよ馬鹿! というか、いきなりスキャンダル作らないでくれる!?」


 彼女はイケメンに説教をすると私に謝る。


「本当にごめんなさ――」


 彼女はそう言いかけると、私の姿を見てプッと吹き出す。


「――な~んだ、私と同じくらいの子供じゃない。しかも、なによその安物の服! こんな子を私のお気に入りの優弥が口説いたの?」


 そしてケラケラと笑った。

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