第112話 お兄ちゃんを連れてきます!

【前書き】

 引き続き、彩夏の一人称視点です。 


――――――――――――――


 私たちがインターフォン越しに陰口を聞いているとも知らずに、彼女たちは楽しそうに家の前を離れて行った。


 お兄ちゃんの容姿を馬鹿にする発言は藤咲さんも聞いていて、額に青筋を浮かべる。


「彩夏、追いかけて説教してきても良いか?」


「だ、ダメだよ藤咲さん! あの子たちも私に聞かせようと思って言ってるわけじゃないし……。誰にだって、悪く思っちゃうことはあるから」


「――はぁ~。全く、彩夏は私よりも大人だな」


 私の言い分を聞いて、藤咲さんは怒りを鎮めてくれた。


「それに、私にとっては自慢のお兄ちゃんだもん! 陰で何て言われても気にならないよ!」


「そうだな、私にとっても山本は自慢の従業員だ。私たちがちゃんと知っていれば良いよな」


 そう言い合って、2人でにこーと笑う。


 そんな時、藤咲さんスマートフォンが鳴った。

 その画面を見て、藤咲さんは明らかに嫌そうな顔をする。


「藤咲さん、出ないの~?」


「あぁ、そうだな。出ないとな……」


 藤咲さんはそう言って大きくため息を吐いて電話に出た。


「――はぁっ!? 今日ウチに!? そんな、急すぎる! もうこちらに向かっているだと!?」


 頭を痛めるような仕草をして藤咲さんは電話に答えた。


「分かった、来てしまったなら仕方がない。私は15時過ぎには帰るから、父さんと母さんも私の顔を見たらすぐに帰ってくれ。今日は大切な来客があるんだ」


 どうにか折り合いをつけたような感じで藤咲さんは電話を終える。

 私は尋ねた。


「どうしたんですか?」


「あ~、悪いが私の両親が田舎から出てここに向かって来てしまっているらしい……。山本が来る前にはどうにか帰したいが……」


「そんな! 気を使わなくて良いですよ! そもそも、私が藤咲さんのおうちにお邪魔してしまっているんですから!」


「いや、うちの両親は私が料理を続けることに反対していてな。恐らく口論になる。そんなのを山本に見せたくない」


「えぇ!? 藤咲さん、お料理凄く上手なのになんで!?」


「古い人間だから『女は家庭に入れ!』と頭が固くてな。早く良い人を見つけて結婚するように迫ってくるんだ」


「そ、それは確かに良くないかも……。藤咲さんの人生ですし、こうして努力して結果も出しているんですから」


「女の幸せは結婚だと勝手に決めつけているんだ。だが、私は料理をもっと極めたい! 今はそっちに集中したいんだ」


 藤咲さんは力強く拳を握ると、ため息を吐いた。


「だが、両親もしつこくてな。こうなったら一度、誰かと付き合ってるフリをして黙らせた方が楽かもしれん」


「あはは……。誰か良い人とか居ないんですか~?」


「残念ながら私はそういうのに疎くてな。恋愛に興味もない。男性相手にドキドキしたことなど一度も――」


 藤咲さんはそう言いかけると、首を横に振る。


「いや、まぁ一度あったがあれは調理場でのハプニングだったからな」


「え~、誰なんですかぁ~? きっとその人の事が好きなんですよ~」


 茶化してみると、藤咲さんは私の頭にポンッと優しく手を乗せる。


「残念ながらもう私は出発の時間だ。彩夏も気を付けて行くんだぞ」


「あっ、ずる~い! お兄ちゃんを連れて帰ってきますから楽しみにしていてくださいね!」


 藤咲さんを見送ると、私も空港に向けて出発した。


 ――――――――――――――

【業務連絡】

藤咲さんがドキドキしたのは第3話での出来事を言っています!

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