第111話 1年後の山本彩夏

【前書き】

 彩夏の一人称視点です。 


――――――――――――――


 私、山本彩夏はお兄ちゃんのアルバイト先の店長、藤咲さんのおうちに居候させてもらっている。


 お兄ちゃんがアメリカに行ってからすでに1年、藤咲さんは私を本当の妹のように可愛がってくれていた。


「「ごちそうさまでした~」」


 いつも忙しい藤咲さんのために私が作った朝食を食べ終える。

 すると、藤咲さんは心配そうな表情で私に尋ねた。


「ほ、本当に一人で大丈夫か? やっぱり私も一緒に行って……」


「藤咲さんはお店の営業があるじゃないですか! 私一人で大丈夫ですよ!」


「そ、そうか……誘拐されそうになったら大声を上げるんだぞ! やっぱり空港まではタクシーで――」


「タクシーなんて使ったらいくらかかると思ってるんですか! 私は電車でいきます!」


 今日はついに、待ちに待ったお兄ちゃんがアメリカから帰ってくる日だ。

 私は学校を休んで一人で迎えに行くことを決めた。

 なにより、私が一刻も早くお兄ちゃんに会ってギュッと抱きしめたいから。


 私の強い決意の眼差しを見ると、藤咲さんは諦めたようにため息を吐いた。


「分かった、彩夏を信じよう。本当に気を付けて行くんだぞ? 私も今日の営業は15時に一旦お店を閉めて家に戻ってくるから」


「じゃあ、私がお兄ちゃんを連れて帰ってくる頃には藤咲さんはおうちに居ますね! ご安心ください! 私が責任を持って連れて帰ってきますから!」


 私がビシッと敬礼すると、藤咲さんはクスクスと笑う。


 ――ピンポーン。


 そんな中、家のチャイムが鳴った。

 思い出して、私は慌てる。


「あっ、いけない! 友達に今日は学校休むこと言い忘れちゃってた! 今朝もお迎えに来ちゃったよ~」


「全く、昨日は山本に会えるとずっと浮かれてたからな」


「えへへ、お兄ちゃんのことで頭がいっぱいでした!」


 反省しつつ、私は扉を開く。

 そして、いつも一緒に登校している5人の女の子たちに頭を下げた。


「みんな、ごめんね! 私、今日は学校休むんだ! お兄ちゃんが帰ってくるからお迎えに行くの!」


 私の言葉を聞いて、中学校の頃から一緒に仲良くしていた3人の子たちは何やらニヤリと笑った。


「え~、そうなんだ残念!」

「でも、そういうことなら仕方がないね!」

「彩夏ちゃん、また明日~」


「うん! また明日~!」


 そうして、扉を閉めて藤咲さんの居るダイニングに戻った。

 ――すると、そこでも外に居る友達たちの声が聞こえた。


「彩夏ちゃんってお兄さんがいるんだね~」

「全く知らなかったよ~、同じ学校なら会うの楽しみかも~」


 藤咲さんの家のインターフォンは押されると自動的に外との通話が繋がる仕組みなので、まだ通話が切れていないようだった。


 そして、私と中学校の頃から一緒に登下校している友達、七瀬ちゃんと、三崎ちゃんと、日向ちゃんの声も聞こえた。


「あっはは! 彩夏のお兄ちゃんってとんでもないデブでブスなのよ!」

「そうそう、彩夏の唯一の弱点なの。彩夏のことが好きな男子たちも彩夏の兄があんなのだと知ったらきっと気味悪がるわ!」

「そうだ! 今度教室に連れてこさせましょ! そうすれば、彩夏も少しはモテなくなって男子たちも私たちを見てくれるようになるはずだわ!」

「何それ、ひっど~い! 公開処刑じゃない~! あはは~!」


 まだ通話が途切れていないことに気が付かず、彼女たちは面白おかしく話していた。

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