第91話 バレーボール発表会
バレーボールの練習を始めてから一カ月と少し。
毎日数時間の練習でリリアちゃんの技術は目覚ましく上昇していた。
そして、今日は柏木さんと蓮司さんにそんなリリアちゃんの頑張りを披露する日だった。
入念にストレッチをするリリアちゃんを見て、蓮司さんは俺の脇腹を肘でこづく。
「"流伽君、リリアにブルマを履かせるなんてやるな~"」
「"お、俺の趣味じゃないですよっ!"」
「"え~!? あんたが可愛いって言ってくれたんじゃない! あれは嘘だったの?"」
「"嘘じゃないよ! リリアちゃん、可愛いよ!"」
「"な、なによっ! やっぱりロリコンなのね! 全く、変態ね!"」
「"一体、どうすれば……"」
リリアちゃんは言葉とは裏腹に頬が緩んでいた。
今日の運動の成果の発表を楽しみにしていたようだ。
「"遠坂、昨日も寝てないんだろう? 少し根を詰めすぎだ"」
「"今日のリリアの頑張りを見れば疲れも吹っ飛ぶさ。後は千絵理のピアノを聞けば6時間分の睡眠と同じ効果が得られる"」
「"千絵理のピアノが二度と聞けなくなる前に寝ろ"」
柏木さんと蓮司さんのヒソヒソ話を聞きながら、俺はリリアちゃんと一緒にストレッチを終わらせる。
「"じゃあ、いくわよ?"」
「"いつでも良いよ"」
俺が腰を低く落として、胸の前で両手を構えるとリリアちゃんは右腕でボールを自分の頭上に放った。
そして、左腕をしっかりと引いてボールの上の部分を叩く。
――スパァーン!
爽快な音を立てて速球が俺のひざ元に打ち込まれた。
――パコーン!
俺は両腕を組むと上手く膝でボールの勢いに合わせつつレシーブをする。
そして、ボールは再びリリアちゃんの頭上へ。
リリアちゃんはボールに合わせて少しだけ位置を調整すると再びボールを同じ位置に打ち込んだ。
これはスパイク&レシーブというバレーボールのラリーだ。
これならリリアちゃんの筋力でもスパイクを打ち続けることができる。
その調子で5回、6回、そして7回目でリリアちゃんのスパイクがズレてボールは明後日の方向へと飛んで行ってしまった。
「"うわ~! 目標の10回まであと少しだったのにぃ!"」
「"でも、凄いよリリアちゃん! いきなり7回も! 今日は調子が良いよ!"」
俺とリリアちゃんのラリーの様子を見て、柏木さんと蓮司さんはとても驚いた表情をしていた。
「"す、凄いじゃないか! もっとしょぼいモノを見せられると思っていたんだが"」
「"あぁ、どう理由を付けておだててやろうかと思っていたが本当に凄い! 二人とも、凄く頑張ったんだな!"」
二人の口から失礼なまでの本音が出る。
リリアちゃんはニコニコとした表情を隠しきれないまま胸を張った。
「"なによ! こんなもんじゃないわよ! 次はもっと上手くやってあげる! 見てなさい!"」
リリアちゃんは待ちきれない様子で次のバレーボールを取り出した。
(しかし……このパターンは……)
案の上、調子に乗ったリリアちゃんは一発目のスパイクで失敗して蓮司さんの顔面にボールをぶち当てた。
「"蓮司さ~ん!"」
蓮司さんは倒れてそのまま気絶する。
「"リリア、確かに最近の遠坂は寝れてないが、なにもこんなに手荒な方法で眠らせなくても……"」
「"じ、事故よ! ちょっと、目を覚ましなさいよ~!"」
その後、蓮司さんは無事に目を覚まし、
リリアちゃんとのラリーを再開した。
「"8! 後、2回!"」
あれから1時間。
体育館が使えるタイムリミットも迫る中、リリアちゃんは気力を振り絞ってボールを打ち込んでいた。
「"9! あと1回!"」
やや乱れたリリアちゃんのスパイクを俺が何とか打ち上げる。
リリアちゃんも呼吸を合わせて俺のズレたレシーブに合わせてくれた。
「"10! 山本! ちゃんと取りなさいよ!?"」
リリアちゃんから最後のスパイクが放たれた。
これまでで一番綺麗なスパイクで、俺も今までで一番上手く無回転のレシーブをリリアちゃんに返すことができた。
落ちてきたボールをキャッチして、リリアちゃんは呆然とした表情をする。
そして、一気に喜びを爆発させた。
「"できた! できた、できたわ! 私、10回できた!"」
「"おめでとう、リリアちゃん。紛れもなく、練習の成果だよ"」
「"凄かったぞ、リリア。これで運動が苦手だなんて言っても、誰も信じないだろう"」
「"そうだな、苦手を克服したんだ。お前を誇りに思うよ"」
三人に代わる代わるに頭を撫でられて、リリアちゃんは喜びで顔を緩ませた。
「"まだ時間はあるわね! もう少しやりましょ! そうだ、蓮司や柏木がボールを受けるのはどう?"」
「"あっはっは、まだ私をイジメ足りないのかい?"」
「"スパイクは俺が受けますから、そこからみんなでラリーをしましょう"」
「"私も運動不足だからな。筋肉痛にならない程度になら参加しよう"」
柏木さんも蓮司さんも白衣を脱いで軽くストレッチをする。
そして、リリアちゃんのスパイクからラリーが始まった。
蓮司さんは運動が苦手なようで、何度か失敗してその度にリリアちゃんが大笑いする。
柏木さんは俺と練習をしたこともあるので、上手い動きでリリアちゃんにスパイク用のトスも上げてくれた。
転がっていったボールを拾いながらリリアちゃんは興奮して俺に話す。
「"山本、すごいわ! 私、こんなふうにみんなで楽しくスポーツすることができるなんて思ってなかったの! 私には無理だって、諦めてたわ!"」
「"リリアちゃんが頑張った成果だよ"」
そう言って、頭を撫でるとリリアちゃんは瞳を輝かせる。
「"うん! 私、他のスポーツも頑張りたいわ! もっといっぱい、できることを増やしたいの!"」
「"できるよ! 俺もやるから、一緒に頑張ろう!"」
リリアちゃんはもう一度みんなでラリーをするために自分の位置につく。
「"それじゃあ、もう一度いくわ!"」
リリアちゃんがボールを宙に放る。
誰もが、そのボールに注目してた。
『山本君、リリアからあまり目を離さないで欲しい』
練習を始める前に蓮司さんと交わした約束のおかげだろう。
――ボールを投げ上げた直後、膝から力が抜けるように転倒するリリアちゃんに俺はいち早く気が付いた。
全力で駆け出し、リリアちゃんの頭が体育館の床にぶつかる前に俺は飛び込んでリリアちゃんをキャッチすることに成功した。
踏み込んだ瞬間にバキッという音がした気がしたので、振り返ってみると体育館の床は抜けてしまっていたが……。
とにかく、リリアちゃんを怪我させることなく助けられて安心する。
「"大丈夫、リリアちゃん?"」
俺の腕の中で真っ赤になりながらリリアちゃんは声を張り上げる。
「"ちょ、ちょっと転んだだけよ! 大げさね!"」
「"流石に疲れたんだろう。今日はここまでにしておこう"」
「…………」
柏木さんの意見に俺も頷く。
蓮司さんは何も言わずに険しい表情をしていた。
「"そうね、本当はもっとやりたいけれど。また明日にするわ"」
「"あはは、明日は確定なんだね"」
「"当然でしょ! 明日はまた別のスポーツもやってみたいわ!"」
蓮司さんはリリアちゃんを抱える俺に近づいた。
「"山本君、リリアを左ひざからゆっくりと立たせてくれ。また転ぶかもしれない"」
「"? 分かりました"」
「"なによ~、私はそんなにドジじゃないわ"」
リリアちゃんは言われたとおり、左膝から立とうとする。
しかし――また力が抜けたように膝が崩れて俺の腕の中に納まってしまった……。
「"……あ、あはは"」
リリアちゃんが笑い、体育館がシンと静まり返る。
「"――私、もう立てないみたい……"」
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