第90話 思い思いの想い


「"私は重くない……私は重くない……"」


 翌日の朝。

 ブルマ姿でバレーボールの練習をするリリアちゃんはしきりに呟いていた。


「"リリアちゃん、ごめん。全然重くなかったし、むしろもっと重い方が俺としては心地よく眠れて――"」


「"あぁ~重いって言うなぁ! 私は、掛け布団じゃない!"」


 リリアちゃんのキレのあるスパイクが俺の顔面に直撃する。

 ごもっともです。


「――ワタシハ、オモクナイデス」


「"山本。リリアがこの日本語を覚えてから、これしか喋らなくなったんだが"」


「"すみません、俺のせいです。リリアちゃん、ほら俺の分のブラウニーをあげるから機嫌直して……"」


「ワタシハオモクナイ!」


 そう言いながらちゃっかりブラウニーを食べるリリアちゃん。

 その調子で重くなって欲しい。


「"そうだ、明日はクリスマスだったな。山本、プレゼントは指輪で良いか?"」


「"こっちは別の意味で重い! 柏木さんからは色々ともらい過ぎているので、俺から何か差し上げますよ"」


 柏木さんの冗談をうけながしつつ談笑をしていると、扉がノックされた。

 入って来たのは蓮司さんだ。


 俺の他にもリリアちゃんや柏木さんが居るのを見てにっこりと微笑む。


「"失礼、お邪魔するよ。何やらみんなで楽しそうだね。リリアの部屋が空っぽだったからこっちにいると思ってね。柏木君はサボりかい?"」


「"リリアが日本語を勉強したいと言ってな。毎日教えているんだ、時間外労働だな"」


「"あの勉強嫌いのリリアが? それは凄い"」


 蓮司さんが言うと、リリアちゃんは頬を膨らませた。


「"別に嫌いなわけじゃないわよ。私なんかが勉強しても意味ないって思ってただけ"」


「"あはは、体育館で運動もしてるんだろ? あまり頑張りすぎて倒れないようにな"」


「"あんたに言われたくないんだけどー"」


 リリアちゃんの指摘ももっともな気がした。

 蓮司さんは休日もずっと病院にこもって筋肉治療の研究をしているようで、いつもの笑顔にも疲労が隠しきれていない。


 蓮司さんは椅子に座ると、リリアちゃんに話を始めた。


「"リリア、明日はクリスマスだろう? 両親はあれからも変わらず毎日病院に来てる、リリアに一目だけでも会いたいそうだ。明日くらいは会ってあげても――"」


「"…………絶対に嫌よ、会う訳ないでしょ"」


 リリアちゃんは冷たい声でそう言うと、部屋を出て行ってしまった。


 俺はその様子に驚く。

 親と仲良くないのかな……?

 いや、聞いた限りだとご両親はこの肌寒い季節でも会ってくれないリリアちゃんの為に毎日来院しているみたいだし……。

 凄く娘想いの人たちだと思うけれど。


 蓮司さんも驚いた表情をしていた。


「今、少しだけ考えたぞ。いつもは即座に拒否するのに、こんな事初めてだ」


「そっちですか!? でもびっくりしました、あんなリリアちゃん……まるで初めて俺と会った時のように冷たいです」


 柏木さんは慰めるように蓮司さんにラムネ・シガレットを一本渡す。


「リリアは基本的にあんな感じだ、自分の親には特にな。山本は本当に上手く取り入ってくれたが」


「あはは、強力な武器(同人誌)がありましたので……リリアちゃん、家族と上手くいってないんですか?」


「いや、リリアも、そのご両親もお互いに愛しあっている。だからこそリリアは距離を置いているのさ……仕方がない、今日もお引き取り願おうか」


 蓮司さんはそう言うと、ラムネをポリポリとかみ砕いて椅子から立ち上がった。


「柏木君、邪魔したついでに少しだけ研究の意見を聞かせてもらって良いか? 色んなアプローチを試したい」


「分かった。山本、明日もまたブラウニーを持ってリリアに日本語を教えに来るからそう言っておいてくれ」


「分かりました」


 そう言って、二人は病室の外へ。


 リリアちゃんとそのご両親の関係については分からないまま、俺はリリアちゃんと話がしたくて病室の扉をノックした。


「"リリアちゃん、入って良い?"」


「"うるさい……少し、一人にして……"」


 泣いているのを、押し殺すような声だった。


――――――――――――――

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