第89話 リリアちゃんとイケナイ事を
「"き、来たわよ……山本"」
消灯時間を過ぎた頃。
顔を赤くしてやけにしおらしい態度のリリアちゃんが俺の病室にやってきた。
「"少し遅かったね? 来てくれないのかと思ったよ"」
「"し、仕方ないでしょ! シャワーだって浴びないとだし、は、初めてだから色々と準備に時間がかかったのよ!"」
いつもこれくらいの時間に出歩いていたリリアちゃんだが、人の部屋に来るのは初めてらしい。
俺はやさしくリードする。
「"大丈夫、緊張しないで。ほら……ベッドに行こう"」
「"う……うん"」
リリアちゃんを定位置であるベッドに座らせると、俺は部屋の電気を暗くした。
「"その……嬉しいわ。私、こんな性格だし……山本には本当は嫌われてると思ってたから"」
「"そんなに楽しみにしてくれてたの? 良かった、俺もリリアちゃんには嫌われてると思ってたから"」
俺はベッドに用意していた電動式のランタンのスイッチを入れた。
すると、暗い病室にシカや犬などの様々な模様の光が差した。
「"わぁ~!"」
それを見て、リリアちゃんは感嘆の声を上げる。
俺が切り抜いた画用紙をランタンに張り付けた簡易プラネタリウムのようなモノだった。
「"素敵……! すっごく綺麗!"」
「"喜んでもらえてよかった。リリアちゃんは最近、運動も勉強も頑張ってるから何かご褒美ができたらと思って。こそこそと用意してたんだ"」
しばらく二人でベッドに座ったまま病室の夜空を眺めていると、リリアちゃんが俺に寄りかかり身体を預ける。
「"リリアちゃんへのご褒美、これだけじゃないんだ"」
俺がそう言うと、リリアちゃんは熱っぽい視線を向ける。
「"ふふ……そうよね。や、山本とだったら……その……私も――"」
俺はベッドの掛け布団をバッと取り上げた。
その下には俺がこの日の為にせっせと用意した、自作の日本観光マップが現れた。
「"じゃ~ん! すごいでしょ! リリアちゃんを日本にご招待します! 作り物だけど!"」
「"…………"」
「"リリアちゃんも俺とだったら夜更かししても良いって言いたかったんだよね! 嬉しいよ! イケナイ事だけど、一日くらい良いよね!"」
俺がハイテンションで自分の自信作を見せると、リリアちゃんは何やら呆然とした表情で言葉を失った。
おかしい、リリアちゃんは日本好きなので絶対に喜んでくれると思ったんだけど……。
部屋の明かりを付けると、リリアちゃんはなぜか脱げかけていた自分の寝間着を正す。
「"…………"」
「"リリアちゃん? やっぱり眠かった?"」
何も言わずに死んだような目で俺が画用紙で作った日本地図を見つめるリリアちゃん。
そして、長~いため息を吐く。
「"……いえ、嬉しくて涙が出そうになっただけよ"」
「"ほ、本当に? 無理しなくていいよ!? 明らかにガッカリしてない?"」
「"う、うるさいわね! 嬉しいって言ってるでしょ! ほら、早く案内してよ! 私の為に用意してくれたんでしょ!"」
「"うん! じゃあ、早速リリアちゃんが好きそうな街、秋葉原から!"」
最初は何だか肩を落として俺の解説を聞いていたリリアちゃんもだんだんと盛り上がる。
どこにでも興味を示して、俺にドンドン質問しながら日本全国を一緒に周っていった。
リリアちゃんは引き籠りがちな性格だけど、こうして地図の上をなぞって仮想旅行を楽しむ分には大丈夫そうだった。
そうして時間はあっという間に過ぎていき、秋葉原から出発した僕たちは最後に渋谷の街へと戻ってきた。
「"最後は若者の街、渋谷だよ!"」
「"あら? もう最後なの? あと何時間でも話してくれて良いのに"」
「"あはは、あまりネタバレしてもつまらないでしょ?"」
「"ネタバレ?"」
俺の言葉にリリアちゃんは首をかしげる。
「"退院したら、一緒に日本を周ろうよ! 案内してあげる!"」
「"あはは! 良いわねそれ! 約束よ!"」
リリアちゃんに小指を出されたので、俺も自分の小指を絡める。
アメリカにも指切りで約束をする文化があるらしい。
「"じゃあ、渋谷について教えて!"」
「"良いよ! このセンター街っていう繁華街に様々な人やお店が集まってるんだ"」
「"日本は狭いから大変そうね~。うん? この柴犬の像は何かしら? 可愛いわね!」
「"それは忠犬ハチ公の像だね。ちなみに秋田犬だよ。有名な日本の実話があるんだ"」
そして、俺は有名なハチ公物語をリリアちゃんに語りはじめる。
「"――そして、ハチ公はご主人が亡くなった後も10年間、帰ってくると信じて渋谷駅まで毎日会いに来たんだよ"」
「"うぅ……そんなぁ……"」
俺の話を聞いたリリアちゃんはポロポロと涙を流す。
やはり動物モノは涙腺にくる。
俺も話しながら少し涙ぐんでしまった。
「"良い話だよね……"」
俺がそう言ってハンカチを渡すとリリアちゃんは首をかしげる。
「"何言ってるの? 悲しい話じゃない。だって、ハチはご主人様がもう戻って来ないのに毎日会いに来てるのよ?"」
そして、目元を拭きながらリリアちゃんは自分の感想を話した。
「"ハチはご主人様のことなんて忘れて好きに生きた方が幸せだったはずだわ"」
リリアちゃんの見解を聞いて、俺は考える。
「"う~ん、俺は別にハチが不幸だったとは思えないけどなぁ"」
「"あら? どうして? ハチは報われなかったのよ? 奇跡が起きて、ご主人様が生き返りでもしない限り悲劇だわ"」
リリアちゃんの見方も間違ってはないと思うけれど、俺はこの物語をどうしても不幸な話として見ることはできなかった。
好きな人を好きなままでいることはきっと素敵なことだから。
「"ハチが幸せだったか不幸だったかは分からないけれど。自分の心に正直に生きていたんだと思う。気持ちを誤魔化さず、行きたいから毎日ご主人に会いに行った。それを不幸だなんて言えないよ"」
「"……そうかしら? だって……傷つくことになるわ。ハチは、ご主人様を好きだった分、とても大きく傷つく"」
リリアちゃんは言いながら何だか後悔しているような表情を見せる。
「"うん……でも、その傷も愛せるようになると思う。嫌いになったり、忘れちゃったりしたら思い出すこともない。それは傷つくよりも辛いことだと思う"」
自分に向けた言葉でもあった。
俺は何度も誰かに信頼を寄せては、手痛い裏切りやからかいを受けてきた。
だからたまに怖くて自分から手放してしまいそうになる。
本当に自分を救ってくれる人の手まで。
リリアちゃんは俺の話を聞いて考え込み始めた。
そして、結論が出ない様子でため息を吐いて首を横に振る。
「"……ねぇ今日はあんたのベッドで一緒に寝て良いかしら? ほら、今日は冷えるから"」
ハチの話を聞いて、リリアちゃんは寂しくなったのだろうか。
そんなことを提案してきた。
「"もちろん良いよ! 実は俺もリリアちゃんと一緒に寝たかったんだ!"」
「"あら、やっぱりロリコンなのかしら? 全く、しょうがないわね"」
リリアちゃんはクスクスと笑う。
「"よし、じゃあ俺の上に乗って"」
「"上に? 分かったわ?"」
リリアちゃんは不思議に思いながらも横たわる俺の上に寝そべった。
――これは、思ったとおり……!
「"やっぱり身体が重いと落ち着くなぁ……"」
「"お、重いって何よっ!? 重くないわよ!"」
ついつい口に出してしまった俺の言葉にリリアちゃんは怒って部屋を出て行ってしまった。
――――――――――――――
【業務連絡】
丁度、後10話くらいで年越しの話になるので書き切りたいのですが、
間に合わなかったらすみません┏( _ _ )┓
それでリリアちゃん編はほぼ終わって、日本に帰って青春リベンジが始まる予定です。
今日中にも何話か投稿したいので、よろしくお願いいたします!
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