第83話 スポーツの秋


 11月中旬。


 俺は自分の病室で、リリアちゃんと二人でソファーに腰かけてテレビを見ていた。


 最初は同人誌を読もうとしていたリリアちゃんも、最初のページに栞を挟んだまま結局俺と一緒にテレビの画面を食い入るように見つめている。


 テレビに映し出されているのはバスケットボール大会の中継だ。

 

『"な、なんてことでしょう……信じられません……! 私たちは今、奇跡を目撃していますっ!"』


 その試合の様子に実況は大興奮していた。


 そして、リリアちゃんもその熱に当てられるかのように俺の服の裾をギュッと掴む。

 恐らく、無意識だろう。

 それくらい、真剣にバスケットの試合を見ていることが分かった。


 残りの試合時間は3秒。


 テレビ画面の中の選手は仲間からリングの手前でボールを受ける。

 フェイントを入れて一歩下がり、ディフェンダーを躱すと淀みなくシュートのモーションに入った。

 直後に放られたバスケットボールは緩やかな軌道を描く――。


「「"いけー!"」」


 思わず、リリアちゃんと一緒に声が出た。


 時間が止まったかの様に選手たち全員が見上げ、ボールの行方を見届ける。

 2点差を覆す最後の3ポイントシュートが、試合終了のブザー音と共にリングのネットを揺らした……。


 観客は総立ちになり、恐らくこの病院内でもほとんどの患者が視聴していたのだろう、壁越しに周囲から歓声が聞こえた。


 テレビの中の実況席は興奮冷めやらぬまま、決勝戦の試合結果を伝える。


『"サ、サウスビーデンの弱小チーム、万年リーグ最下位の『クレリックス』がなんと……このNBCの大会でゆ……優勝してしまいました!"』


「「"やったー!"」」


 俺はリリアちゃんとハイタッチした。


「"やったね、リリアちゃん! クレリックスのみんな、優勝できたね!"」


「"ふ、ふんっ! なかなか面白かったじゃない!"」


 リリアちゃんは満面の笑みで俺とハイタッチを交わした後に、我に返ってそっぽを向いた。

 バスケに興味なんてないと言っていたのに、やっぱりスポーツの人を夢中にさせる力は凄い。


 サウスビーデンのバスケットチーム、『クレリックス』。


 あれは10月初頭の頃。

 この病院に慰問をしに来ていたクレリックスの選手の皆さんがこの病院の体育館で練習をしていた。


 せっかくなので、俺はリリアちゃんを道連れに練習を見に行ったら、なんと俺も練習を体験させてもらえることに。

 1カ月間の短い期間だったけど、一緒に練習をした間柄なのだ。


「"あんたのおかげね"」


 なぜか、リリアちゃんが得意げになる。


「"皆さんの頑張りの成果だよ。俺は本当に素人ながらに練習に参加させていただいてただけだし……"」


「"いやいや、あんたがボール持ったら誰も奪い取れなくて、完全に教える立場に逆転してたじゃない!"」


「"あはは……ま、まぁ、確かにそんな感じになってたけど……"」


「"あんたが出れば一人で優勝できたんじゃない?"」


「"選手登録の期間が過ぎてたし、そもそも俺は経過観察中だから病院からあまり離れられないよ"」


「"……あっそ"」


 リリアちゃんはため息を吐いて、テレビ画面に映る、喜び合う選手たちを見つめていた。


 もしかして……


「"リリアちゃんもしてみたいの? バスケット」


 俺の質問にリリアちゃんは呆れるように笑う。


「バカね、私はこんなに華奢なのよ? あんなに大きなボールなんて上手く扱えないわ」


「じゃあ、他のスポーツでも良いよ? 日本だと『スポーツの秋』なんて言うし」


 しかし、リリアちゃんは頑なに首を横に振る。


「"嫌よっ! あんたみたいなスーパーマンには分からないだろうけれどね、私みたいに運動ができないと周囲にクスクスと笑われるの。私は私なりに一生懸命やっているのに……"」


 リリアちゃんの言葉が俺の心に深く刺さった。

 そうだ、俺だってそうだった。


 太っているから、きっと失敗するだろうから。

 体育の時間は毎回、クラスメートたちから好奇の視線に晒されてきた。

 運動を始める前からクスクスと笑われ、失敗するとドッと大きな笑い声に変わる。


 とてもみじめで、今でも思い出すだけで心臓がギュッと締め付けられるような気分になる。


「"……良く分かるよ。ごめん、リリアちゃん。嫌な思いをさせるつもりはなかったんだ"」


 俺が深く頭を下げると、今度は逆にリリアちゃんがオロオロとあわてだした。


「"べ、別にそこまで真剣に謝ることじゃないわ! ただ、私は力が弱いし体力がないってだけ! 誘ってくれたのは……う、嬉しかったわよ……"」


 リリアちゃんは顔を赤くしてそっぽを向いた。


「"でも、嫌なことを思い出したでしょ? 俺も昔は運動ができなかったから分かるんだ。笑われると、心が折れるよね……"」


 俺が運動するのを笑わずに応援してくれたのはただ一人。

 柏木さんだけだった。

 だから、俺は努力できたんだ。


 リリアちゃんは少し考えた後、俺の膝の上に乗って向かい合う。

 俺の頬を両手で挟んで自分の顔に向けた。


「"じゃあ、あんたが私の思い出を塗り替えてよ! あんただって、今はもう運動が好きなんでしょ? 私だって、好きになりたいわ"」


「"無理しなくても良いよ?"」


「"無理じゃないわ。それに、最近柏木の作るお菓子を食べ過ぎて体重が気になってたの。きっと良いダイエットになるし"」


「"……確かにちょっと重いかも"」


「"殴るわよ?"」


 リリアちゃんは満面の笑みで俺の頬をつねって横に引っ張った。

 ちなみに、全然重たくないです。


「"そうだっ! どうせ運動するなら試したいことがあるの!"」


 リリアちゃんはそう言って、俺の膝の上から降りて部屋のドアに手をかけた。


「"じゃあ、運動は明日からね! 体育館を予約しておきなさい!"」


 そう言い残すと、リリアちゃんは何やら上機嫌でそのまま出て行ってしまった。

 なんであれ、出不精なリリアちゃんを運動に誘えたのは嬉しい。


(一応、リリアちゃんを運動させても大丈夫かどうか蓮司さんに聞いておかないと……)


 俺も部屋を出て、蓮司さんの研究室に向かった。


       ◇◇◇


「"よし、完璧ね!"」


 翌日、病院の体育館。


 リリアちゃんは体操服とブルマ姿で更衣室から出てきた。


 体操着は分かるけど……ブルマ?


「"リリアちゃん。その恰好は……どうしたの?"」


 俺が問いかけると、リリアちゃんは得意げに語る。


「"日本の女の子の体操着はみんなこうなんでしょ? ちゃんと漫画やアニメで見たことがあるわ。柏木に取り寄せてもらったの。うふふ、動きやすくていいわね!"」


 どうやら、日本の文化に触れることを楽しんでいるようだった。

 実際にはもう廃止された文化だが。


「"……まぁ、リリアちゃんが気に入ってるならいいか。転んで膝とか擦りむかないように気を付けてね"」


「"そんなに激しく動く気はないわ。まずはストレッチからね! ほら、私の身体を伸ばすのを手伝いなさい!"」


「"はいはい……"」


 やはりブルマは少し寒かったのだろうか。

 ストレッチ中はやけに俺に密着して暖を取られている気がした。

――――――――――――――

【業務連絡】

お待たせしてすみません、現実と時期を合わせるつもりがもう秋が終わりそうですね……

早く日本に帰らせて山本を無双させたいです……!

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