第82話 おまけ話③ ハロウィン特別編

 

「"柏木~! トリック・オア・トリート! お菓子をよこしなさい! 代わりにイタズラでも良いけどね!"」


 柏木さんの診察室。


 そこに少しお邪魔させて頂いた俺は魔女っ娘姿のリリアちゃんと共に定番の文言でお菓子をねだる。


 仮装したリリアちゃんを見た柏木さんは感心したような声を上げた。


「"そうか、今日はハロウィンか。可愛いらしい衣装だな"」


「"えへへ~、そうでしょ! 山本が作ったのよ!"」


 リリアちゃんは得意げにクルクルと回って自分の姿を柏木さんに見せた。


「"最初は『ハロウィンなんて絶対にやらない!』って言ってたのに、俺が衣装を作り始めたら隣でソワソワし始めて今はノリノリですよ"」


「"なるほど、リリアらしいな"」


「"しょ、しょーがないでしょ! こんなに可愛い衣装を作られたら、着ない方が失礼ってもんよ!"」


 リリアちゃんはジャック・オ・ランタンの手提げの入れ物を差し出して頬を膨らませた。


「"でも、ハロウィンのことを忘れていた柏木はお菓子なんて持ってないわよね! じゃあ、悪戯するわよ! うへへ~"」


 リリアちゃんはそう言って柏木さんの白衣の下の胸元を見て手をワキワキと動かす。

 一体、柏木さんのどこをどうするつもりなんだ……。


 しかしリリアちゃん、残念ながらその人はいつもお菓子を持っている人なんだ。


「"ほら、私一押しのお菓子だ。ところで、山本は仮装しないのか?"」


 ジャック・オ・ランタンの入れ物にラムネ・シガレットの箱を1ダースねじ込み、リリアちゃんに酷く迷惑そうな表情をされながら柏木さんは俺に尋ねた。


「"まぁ、俺が着ても誰も得しませんからね"」


「"あら? あんた、吸血鬼の衣装も作って持ってきてるじゃない。それは?"」


「"あぁ、これは蓮司さんにと思って。ほら、蓮司さんなら着てくれそうですし。ですが、蓮司さんは残念ながら緊急の会議があるみたいで……"」


「"なら、山本が着てみれば良いじゃないか。背格好は同じくらいだろう?"」


 柏木さんの提案にリリアちゃんは瞳を輝かせた。


「"そ、そうね! 着ないのはもったいないわ! あんたみたいな奴でも、着てあげた方が良いんじゃない?"」


「"えぇ!? ま、まぁせっかくですし、お二人が言うなら……"」


 俺は持ってきていた吸血鬼の衣装をしぶしぶ着る。

 確かに着ないのもノリが悪い奴みたいに思われそうだし。


 本当は柏木さんのコスチュームも作りたかったが、セクハラになりそうなのでやめた。


 最後にマントを羽織ると、俺は照れ臭く感じつつ二人に尋ねる。


「"あ、あはは……どうですかね"」


 吸血鬼の格好をした俺の姿を見て、2人は瞳を丸くする。


「"お菓子をくれないとイタズラしちゃいますよ~? なんて"」


 一応、お決まりの文句を言う。

 俺の言葉を聞くと、柏木さんは手に持っていたラムネ・シガレットのケースの中身を全て口の中に入れてボリボリと食べ始めた。


「"――ごくん。山本、残念ながら私はお菓子を持っていない。イタズラされてしまうな"」


「"柏木さん。今、お菓子を全部無くしましたよね?"」


「"や、山本! 私はあんたからお菓子をもらっていないわ! だからイタズラしても良いのよね?"」


「"リリアちゃん……なんか目が怖いんだけど……?"」


 不気味な笑いを浮かべながら、2人が俺ににじり寄る。


 2人とも、ハロウィンのイタズラのつもりなんだろうけれど……

 柏木さんに悪戯しろなんて言われても困ってしまうし。

 逆にリリアちゃんには心底嫌われているみたいなので何をされるか分からない。


 何より、何だか2人の据わった瞳に『本気』を感じてしまい、恐怖で俺は後ずさる。


 背中が壁にぶつかったタイミングで、診療室の扉が勢いよく開かれた。


「"やぁやぁ、遅れてすまない! 私の独断で会議を切り上げてきたんだ! こっちの方が重要なイベントだからね! あっはっはっ!"」


 現れたのは、いつも通りの陽気な笑顔で笑う蓮司さんだった。

 俺はたまらず助けを求める。


「"蓮司さん! 良かった、な、なんか2人に詰め寄られてて……!"」


 蓮司さんは吸血鬼姿の俺と、そんな俺に悪戯をしようと息を荒くする少女2人を見た。


 そして、何かを理解したかのように手を叩く。


「"ふむ……なるほど。これはお邪魔してしまったようだな! さらば、流伽君! 幸運を祈る!"」


 そう言い残してそっと扉を閉めた。


「"えぇ!? ちょっと、逃げないでくださいよっ!"」


「"観念しなさい! お菓子を持っていないあんたは私に悪戯される運命なのよ!"」


「"山本。ほら、私はお菓子を持っていないからな。早く私に悪戯をしろ。ほらほら"」


(くそっ……こうなったら……!)


 俺はイチかバチか、柏木さんが羽織っている白衣のポケットに手を突っ込む。

 そして、手に握った物をリリアちゃんの前に差し出した。


 その手に握られた物――ラムネシガレットの箱を見て俺はホッと安堵のため息を吐く。


「"……良かった。柏木さんがラムネを切らすなんてそうそうないですし。ポケットに隠し持っていると思いました……。これなら俺は柏木さんからお菓子をもらいましたし、リリアちゃんにはお菓子をあげましたよね"」


「「ちっ……!」」


 リリアちゃんと柏木さん、二人の舌打ちが重なった。


 こうして、世界一情けない吸血鬼は何とか窮地(?)を乗り切ったのだった。

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