第76話 お料理作戦その1


「ふ~ん♪ ふふ~ん♪」


 ――日曜日sunday

 俺は鼻歌を歌いながら病院の隣にある柏木さんの邸宅で料理の下ごしらえをしていた。


 なぜこんな場所でこんなことをしているのか、

 わざわざ説明するのも野暮というモノだろう。

 しかし、あえて説明をさせてもらいたい。


 サンタニアでの日本人祭り。

 花火を見ている美しい柏木さんに、一世一代の愛の告白をした俺は奇跡的に柏木さんからOKをもらい、こうして恋人として柏木さんの為に愛の手料理を……


 ――なんてことあるはずもなく。

 あの後は普通に柏木さんを家に送り届けて俺は病院に帰った。


 柏木さんが誘いに乗ってくれただけで俺なんかにとっては奇跡のようなもの。

 わざわざ関係を悪くするようなことなんてするはずがない。

 もちろん、手すらも繋げませんでした。


 そんなことはどうでも良くて、俺がこうして柏木さんの家で料理を作っている理由は別にある。


 お祭りが終わって柏木さんを家まで送り届けた後。

 病院に帰るとリリアちゃんが何故か俺の部屋で待っていた。


「"あんた、また鍵かけ忘れて行ったでしょ"」


「"あぁ、そういえばそうかも……柏木さんとお出かけ出来るって浮かれてたし……"」


「"全く、日本人は本当に不用心ね。誰かに部屋を荒されたらどうするのよ"」


「"確かに、なんだか荒されている気がするのですが。俺のベッドが……"」


 きちんと綺麗に揃えて出て行ったはずなのに。

 ベッドの上の布団や毛布がなぜかぐちゃぐちゃにされていた。


「"そ、そんなことはないわ! 元からこれくらいぐちゃぐちゃだったわよ! 全く、だらしないわね!"」


 リリアちゃんは顔を真っ赤にして必死に否定する。

 きっと、また俺のベッドの上で漫画でも読んでいたのだろう。

 それでもここまでベッドを乱れさせるのは大したものだが。


「"そういえば、そうだったかも"」

「"そ、そうでしょ! そうなのよ!"」


 別に怒ってないので俺はリリアちゃんの話が正しいということにした。

 イタズラだと思えば可愛いものだ。


 リリアちゃんはホッとしたように大きなため息を吐くと、テーブルを指さす。

 そこには、すでに俺の分の料理とリリアちゃんの分の料理が向かい合わせで並べられていた。


「"ほら、一緒にご飯を食べるわよ。そうしないと私は同人誌を読めないんだから"」


 リリアちゃんは、食事には手をつけずに俺の帰りを待っていたらしい。


「"同人誌、勝手に読まなかったんだ? 部屋に置いてあったはずなのに"」


「"当然でしょ? 約束したんだから。私は誰かさんと違って守れない約束はしないの"」


 『誰かさん』とは誰だろうと思いつつ、俺は手に持っていたお祭りのお土産をリリアちゃんに渡した。


「"今日はデザートもあるよ! ほら、イチゴ飴とチョコバナナ! お祭りで買ってきたんだ!"」


 女の子だし甘いモノはきっと好きだろう、そう思ってこの二つを選んだ。

 そんなに量は多くないし、ご飯の後でも食べきれると思う。


「"綺麗~! それに甘い匂いっ! 早くご飯を食べちゃいましょ! そして、同人誌を読みながらそれを頂くわ!"」


 その目論見は上手くいったようだ、リリアちゃんは珍しく素直に喜んだ。

 もちろん、リリアちゃんがこれらを食べても良い事はリリアちゃんの担当医の蓮司さんに確認済みだ。


「"同人誌を読みながらはダメだよ? 本が汚れちゃうから"」


「"うっ、そうね……こんなに素晴らしい本を汚すことなんてできない。分かった、ちゃんと食べ終わってから読むことにする"」


 リリアちゃんは意外にも素直な性格だ。

 言いつけたことは守るし、物も大切にできる。


 こんなに良い子にまで心底嫌われてる俺って一体……


「"サンタニアでは、年末に年越しのカウントダウンが行われてるんだって! 良かったらその時はリリアちゃんも一緒に行こうよ!"」


「"あのねぇ、私みたいなインドア派がわざわざそんな所に行きたがると思うかしら? ここで甘い物を食べてる方が良いわ"」


「"それにしても、やっぱり甘い物が好きなんだね"」


 テーブルについて、食事を始めると俺はリリアちゃんに尋ねる。


「"甘いモノが嫌いな人なんていないわ。わざわざ苦いブラックコーヒーを飲んでいる人もいるけれど、あれって絶対に我慢しているだけよね"」


「"あはは、そんなことないと思うけど……"」


 その時、いつもと違うリリアちゃんの様子に気が付く。


「"あれ? 今日は右手でフォークを使うんだね、いつもは左手だけど"」


「"……別に、私は両利きだから関係ないわ。たまたまいつも左手を多めに使っていただけよ"」


「"そっか、それにしてもここの病院食は美味しいよね。普通、病院食ってもっと味が薄いモノだと思っていたけど、流石はアメリカ"」


「"アメリカを何だと思ってるのよ……。病院食も美味しいけれど、同じようなモノだと飽きちゃうわ。だから、あんたが持って来たお祭りの食べ物は大正解よ!"」


「"だったらリリアちゃんも一緒に来れば好きなのを食べられたのに"」


「"行くわけないでしょ。私はあんたのことが大嫌いなの、一人だったら行っても良かったけれど……それは許可してもらえないし"」


 やっぱり一緒にどこかに出かけられるほどには好感度は高くないらしい。


(しかし、これは使えるぞ……!)


 俺は心の中で名案を思い付く。

 リリアちゃんは病院の食事に飽き飽きしている。

 つまり、リリアちゃんの胃袋を掴めば仲良くなれるはずだ!


「"じゃあ、俺が手料理をご馳走するよ! リリアちゃんも、たまにはいつもと違うものを食べてみたいでしょ?"」


 俺の言葉にリリアちゃんは頷いた。


「"良いわね! 日本人はみんな寿司が握れるんでしょ!? 私、お寿司が食べたい!"」


「"えぇっと……お寿司は残念ながら――"」


「"私ね! マグロが好きなの! お父さんとお母さんが連れて行ってくれたお寿司屋さんが忘れられなくて――"」


 リリアちゃんはそのまま家族でお寿司を食べに行った時の思い出を語り始めてしまった。

 これは……「作れません」なんて言えない。


「"お寿司ね……ま、任せておいて……あはは"」


「"楽しみだわっ! あ……いや……た、楽しみにしておいてあげる"」


 高いテンションから我に返ったリリアちゃんは、顔を赤らめてゴホンと咳ばらいをする。

 これは相当に期待しているご様子だ。


 せっかくリリアちゃんが首を縦に振ってくれたのだ。

 何より、こんなに純粋な笑顔を曇らせることなんて俺にはできない。


 ――ということで、それから数日。

 俺は、必死に寿司の握り方を勉強した。


 そして、約束の日曜日。

 何とか形になったので、柏木さんのご自宅をお借りして、リリアちゃんに振舞う為に今日を迎えたのだった。


――――――――――――――

【業務連絡】

細かい伏線がガンガン入っていますが、もし書籍になったら読み返す時に「あっ!」って思えれば良いかなと思います。

無理に読み込まなくても大丈夫です!


引き続き、お楽しみください!

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