第75話 夏祭りデートその5

 

 ギャングっぽい2人の男は、柏木さんを守るように前に出た俺の姿を見る。

 そして、プッと噴き出して笑った。


「"なんだお前! ヒョロヒョロじゃねぇか!"」

「"そんな華奢な身体で俺たちとやり合うつもりか~?"」


 彼らの腕や身体は俺よりも一回りも二回りも大きい。

 少なくとも、柏木さんがぶつかったくらいじゃ折れないだろう。


「"慰謝料払ってもらわねぇとなぁ~"」


 拳をポキポキと鳴らして2人は凄んできた。


 確かに、こんなに細い道を走っていた柏木さんも悪い。

 けれども、謝る間もなくこうして恫喝してきた彼らの方が明らかな悪だ。


 柏木さんは俺の背中の後ろで、俺のシャツをギュッと握った。


「山本、すまん。私のせいだ……せっかくの楽しいお祭りだったのに」


「大丈夫ですよ、柏木さん。ここは俺に任せてください!」


「山本……!」


「下がっていてください」


 柏木さんが期待に満ちた瞳で俺を見る。

 俺はその期待に応えるべく、一歩踏み出した。


「"そうだな~、その女を置いて行ってもらおうか?"」

「"痛い目見たくなかったら大人しく従った方が良いぜ~?"」


 俺は男らしく覚悟を決める。

 ――彼らにお得意の土下座をかましてなんとか許してもらおうと。


 そんな時、どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。


「"楽しそうなことしてるな~! 兄ちゃん達、俺も混ぜてくれや!"」


 男たちの背後からヒゲ面の大男が現れて、後ろから男たちの肩を組んだ。

 そして、ニッコリと笑いかける。

 その丸太のような腕の太さと厳つい革ジャン姿にギャングっぽい男2人は顔をみるみる青くしていった。


「"骨が折れたとか言ってたな? 良かったら病院に連れて行くぜ? すぐそばに俺のバイクが停めてあるんだ。ここは郊外だから病院まで結構距離があるが俺の走りなら一瞬で――"」


「"あ……あはは! 大丈夫ですっ! 勘違いでした!"」

「"はい! 腕は折れてません! そ、それでは俺たちはこれでっ!"」


 ギャングっぽい2人はその大男の男性にペコペコと頭を下げて、逃げるようにどこかへと行った。


「"全く……あんたらもこんなところ歩いてないで気を付けて――"」


 意外な再会に、俺は思わずその大男の名前を呼んだ。


「"ジョニーさん! お久しぶりです!"」


 柏木さんは俺にヒソヒソと話す。


「山本、あの大男と知り合いなのか?」


「はい! 柏木さんも、一度は見ているはずですよ!」


「う~ん、悪いが記憶にないな……」


 その大男――ジョニーさんも俺の呼びかけに首をかしげる。


「"はて……? どこかで会ってたか? 悪ぃが俺は友達が多くてな。しかし、日本人の知り合いなんてそう多くはねぇが……"」


「"俺ですよ! 山本です! ほら、サウスビーデンの病院で英語を勉強してて凄く太ってた!"」


 俺がそう言うと、ジョニーさんは目の色を変える。


「"おいおい、兄弟ブラザーかよ。見違えたぜ……。――ってことは治験は上手くいったのか!?"」


「"はい! ジョニーさんもお元気そうで!"」


「"英語も随分と流ちょうになってるし、美人な彼女も連れてるし、男を上げやがって!"」


 ジョニーさんはそう言って大笑いした。

 そう、この人は俺が病院で英語を勉強していた時に協力してくれた、見た目が怖い方々のリーダーだ。


 あの時と同じように、俺は差し出された拳に拳をぶつけて挨拶を交わす。


「"その女の子も良くみりゃ病院のお偉いさんじゃねぇか?"」


「"あぁ、そういえば私が山本の様子を見に行った時に居たな。助けてくれてありがとう。まぁ、どちらしろ山本が懲らしめていただろうがな"」


「"……と、当然ですよっ! あはは!"」


 言えない、土下座して許してもらおうとしてました、なんてことは……

 後ろに柏木さんが居なければ、きっと足が竦んで動けなかったです。


「"良いってことよ! 俺たちのチーム、『ブレイバーズ』は正義の走り屋だからな!"」


 ジョニーさんは太い腕で力こぶを作って笑った。


「"そういえば、俺はみなさんの事はよく知りませんでしたね。今日はどうしてお祭りに?"」


「"こうやってチームでお祭り会場を巡回してるのさ。何か問題が起こったら今みたいに介入して解決してる。勝手にやっていることだがな"」


「"ボランティアか。見た目によらず、良い奴らなんだな"」


「"良く言われるぜぇ~! あっはっはっ! だから俺たちも見た目で差別はしねぇのさ~!"」


 そうだ、そういえば病院にいた時も俺は皆さんに普通に接してもらえた。

 入れ墨だらけだったから、怖い人だと決めつけて最初は少し距離を置いてしまったけれど……。

 もう少し相手を知ろうとするべきだったなぁ。


 柏木さんが何かに気が付いたかのようにハッとした表情をする。


「"いつもお祭りを巡回……ってことはもしかしてお前たちが入院してた理由は――"」


 ジョニーさんは少し得意げな表情で腕を組む。


「"そう、俺が仲間たちと入院する羽目になったのは半年前、ここサンタニアでのお祭りで起こった『銃乱射事件』のせいだ。犯人を取り押さえたのは俺なんだぜ? まぁ、俺も仲間たちも何発か銃弾を受けちまったがな"」


「"そ、そんな事件が起こっていたんですか!?"」


 アメリカならではの衝撃的な事件に俺は驚愕する。

 柏木さんは少し慣れた様子で語った。


「"あぁ、だが半年も経てばこの通り人々はお祭りに足を運ぶ。とはいえ、まだその事件のせいで人々はピリピリしているだろうがな"」


「"この調子だと年末の年越しカウントダウンもかなり込み合うぜ"」


「"確かに年越しも毎年ここの時計台で行われてるらしいな。年末年始は何かとハメを外して緊急搬送されてくる患者も多いから私は仕事しているだろうが"」


「"そりゃご苦労様だ。年末は俺たちもチームでこの会場を見回るつもりだ、できるだけあんたの仕事は増やさないようにしてやるぜ"」


「"あはは。ジョニーさん達、いっそのこと警察官になった方が良いんじゃないですか?"」


 あまりの働きぶりに俺がそう言うと、ジョニーさんは笑いながら俺の頭をガシガシと撫でる。


「"警察官にはなりてぇが、俺たち『ブレイバーズ』は全員孤児院出身なんだ。警察官の志願資格は高校を卒業してなくちゃいけねぇからな。俺たちはこの町が好きで守ってる、それで良いのさ"」


 そう語るジョニーさんの顔はどこか寂しそうにみえた。

 柏木さんはそんな話を聞いてラムネを咥える。


「"今から高校に通えば良いだろう。年齢制限のない場所もあるはずだ"」


「"俺たちが働いて稼がなきゃ孤児院が運営できねぇ。高校に通ってる暇も金もねぇんだよ"」


「"……なるほど、人それぞれ事情があるんだな"」


 ジョニーさんは忘れてくれとでもいうように再び大笑いして俺の肩を叩く。


「"まぁまぁ、あんたらはお祭りを楽しんでくれよ! 年越しカウントダウンの花火もかなり豪華なんだぜ?"」


「"年末か……山本もその頃にはリリアと一緒に来れるくらいには仲良くなれてると良いな"」


「"そうですね! ぜひリリアちゃんと一緒に――ってあぁっ! まずい、そろそろ花火が始まっちゃいますよ!"」


 俺が慌てると、ジョニーさんが笑う。


「"おう、花火だったら良く見える場所があるぜ! 案内してやるよ!"」


「"本当ですか! ありがとうございます!"」


「"これも山本の人徳のおかげだな。ジョニー、感謝するぞ"」


 そうして、歩くこと十分。

 ジョニーさんが人気のない高台まで連れて来てくれた。


「"それじゃあ、俺は巡回に戻るから。あとは上手くやれよ"」


 サムズアップをすると、そう言い残して俺と柏木さんは二人きりに。


 ――やがて、打ちあがる花火を二人で見た。


「……綺麗だな。山本」


 柏木さんは夜空の大輪を見て、そう呟く。


「……はい、綺麗です。柏木さん」


 満開の花火が瞳に映った柏木さんの横顔をチラリと見て、俺はそう呟いた。


――――――――――――――

【業務連絡】

ジョニーは第33話のキャラです! 名前は初出です!


この後はリリアちゃん編を終わらせて、日本に帰って……という流れになります!

多分、一番面白くなるのは日本に帰ってからだと思うのでよろしくお願いいたします!

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