第72話 夏祭りデートその2

 

 電車に乗った時にはすでに混みあっていたが、会場のサンタニアに着くとさらに人混みは凄かった。


 柏木さんと比較的人が少ない道を選んで時計台の前、やぐらが組んであるお祭りの中心地へと向かう。


「うわぁ~! 柏木さん、凄い活気ですね! 祭りばやしも本格的です!」


「全く、これくらいのことでハシャぐなんて。お前もまだまだ子供だな」


 ここまでに来る途中に買った、クマのお面を頭に着けて、ワタガシとイカ焼きを左手の指に挟み、水ヨーヨーを手首から下げて、右手でりんご飴を頬張りながら柏木さんはため息を吐いた。


 良かった、滅茶苦茶満喫してくれているみたいだ。


 それらを食べ終えて、とある屋台を見つけると柏木さんは一層瞳を光らせる。


「おい、山本! 向こうに射的があるぞ! お前やりたいだろう!? なぁ、やりに行こう!」


「分かりましたから! 走ったら危ないですよ!」


「"へい、おじさん! 私とこいつで1プレイずつだ!"」


 柏木さんは完全に童心に返ったように店主のアメリカ人に話しかける。


「"よう、日本人のカップルか! 1プレイは5ドルで弾は5発だぜ!"」


 店主は俺たちにコルクを発射するライフルを渡した。


(よ~し、柏木さんに良いところを見せるチャンスだ!)


 俺は引き金を強く引きすぎて壊さないように慎重に引いた。

 壊れ物を扱うように、丁寧に……。


 しかし、そのせいで銃身が震えてどの的にも当たらなかった……。


「"あっはっはっ! 坊主、へたくそだな! そんなんだと戦場じゃ生き残れねぇぜ!"」


「"うぅ~! 難しい!"」


 戦場に出る予定はないが、柏木さんの前で恥をかいてしまった。

 そんな様子を見かねて、柏木さんが提案する。


「"山本、せっかく身長があるんだから身体を乗り出して撃つのはどうだ? ほら、お尻を突き出して"」


「"確かにそうですね! よ~し、これだけ的に近ければ!"」


 俺が手を伸ばして撃とうとした瞬間、俺のお尻が触られた。


「――ひんっ!?」


 俺は思わず変な声を上げて、体をビクリと反応させてしまい、狙っていない遠くのラムネシガレツトの箱を当てて落とした。


「お~! おめでとう山本! 一つ落とせたじゃないか!」


「柏木さん、今お尻触りましたよね!?」


「すまん、我慢できず――じゃなくて緊張をほぐそうと思ってな。あとはその……触診だ」


「こんなタイミングでやります!?」


 何はともあれ、残りのコルク弾は1発だけ。

 最後の弾は大切に撃とう。


 あまり良いところを見せられていない俺は苦笑いを浮かべる。


「お、思った以上に難しいですね……すみません、柏木さんのお金を無駄にしてしまって」


「山本よ、この料金は商品ではなくこの体験に支払われたモノだ。無駄になどしていないさ」


 柏木さんはライフルを担ぐと、そう言って笑った。

 男前すぎて、惚れそう……もうとっくに惚れてるけど。


「よ~し、山本! 私の華麗なる銃さばきを見ていろよ!」


 柏木さんはそう言うと、片目をつむって舌なめずりをし、銃を構えた。


「死ね! 死ね! 死ねぇぇ!!」


 柏木さん、日々の激務で相当ストレスが溜まっているのだろうか。

 掛け声はともかくとして、柏木さんは景品のラムネシガレットを的確に撃ち落としていく。


 その様子に店主も感心していた。


「"お嬢ちゃん、やるじゃねぇか! 撃つときに『シネ』って言うのはなんだ?"」


「"日本流の掛け声だ、気にするな。ふふふ、今の私なら頭に林檎を載せた遠く離れた院長の眉間すら撃ちぬけるぞ"」


「"林檎を撃ってくださいよ!"」


「"よし! じゃあ、お嬢ちゃん次はアレを狙ってみるのはどうだ?"」


 店主が指さしたのは『王将』と書かれた大きな将棋のコマだった。


「"ふむ、景品はなんだ?"」


「"特注品のもふもふテディベアだ! 職人が手作りした逸品だぜ!"」


「"ふぅ、全く……。山本よ、そんなに欲しそうな瞳で見られては私も挑戦せざるを得ないじゃないか"」


(柏木さん……なんとしても欲しいんですね……)


 完全に獲物を見る目に変わった柏木さんはまた1プレイ分の料金を支払って5発の弾を手に入れた。


「死ね死ね死ね死ね! しねぇぇぇl!」


 柏木さんの威勢の良い罵倒とは裏腹に王将の駒は無情にもすべてのコルクの弾をはじき返した。


 柏木さんはため息を吐く。


「"なるほど、確かにこいつは強敵だな"」


「"あはは、お嬢ちゃんでも無理だったか! 残念だったな!」


「あれは本当に倒せるんでしょうか?」


「う~む、しかしもふもふテディベア……何としても欲し――がっている山本のために取ってやりたいな」


 柏木さんは「さてと……」と言うと、手に持っていた小さな鞄から札束を取り出そうとしていた。

 俺は慌てて遮る。


「"まだ俺が1発残ってますから! これで落としてみせますよ!"」


 柏木さん、このままだと本当に何十万円も散財してしまいそうだ。

 なんとか俺がこの1発で落とさないと……。


 何より、俺の手から柏木さんにプレゼントしたい……!


「"はっはっはっ、坊主にできるかな。この駒は手ごわいぜ、半分悪ふざけで作ったからな!"」


 確かに店主さんの言う通りだ。

 そもそも、ライフルの威力が弱い気がする。

 というか、倒せるか分からない的を作るな。


 俺は少し考えて、店主さんに提案した。


「"コルク弾を指ではじいて飛ばしても良いですか?"」


 そう言うと、店主はドッと大きな声で笑った。


「"あっはっはっ、もちろんいいぜ! そんなんで飛ばせるならな! だが、全然飛ばなくてもやり直しはきかないぜ? 1発は1発だからな!"」


「"分かりました、じゃあ慎重に狙いますね……"」


 俺はコイントスをするときのように、コルク弾を親指の上で人差し指と挟む。


 そして、片目をつむり腕を真っすぐに伸ばして狙いを定めた――


――――――――――――――

【業務連絡】

お待たせしてしまい、申し訳ございません!

現在、柏木さんが山本に出会うまでの話を書いていまして、少し本文の投稿のペースが落ちます!


どちらも、とても良い話にできるようがんばりますので引き続きよろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る