第71話 夏祭りデートその1

 俺はため息を吐いて、心を鬼にした。


「"あら、素敵な坊や。誰かを待っているのかしら? 代わりに私じゃ……ダメ?"」

「"すみません、全然ダメです。二度と話しかけないでください"」


「"あ、あのっ! 運命って信じますか! 今、私貴方との運命を感じましてっ!"」

「"大丈夫です、間に合ってます。これ以上話しかけるなら警察を呼びます"」


 病院前で柏木さんを待っていると、道行く様々な女性たちに声をかけられた。

 だけど、もう慣れっこだ。

 だって、俺は日本に居る頃から何度も綺麗な女性に声をかけられてきたから。


 そして、日本では彼女たちは決まってこう続けるのだ……。


「貴方が不幸になのは神による祝福を受けていないからです、このありがたい壺や聖書を買えば――」


 勝手に不幸だなんて決めつけられてはたまったものじゃない。

 まぁ、俺の容姿じゃ決めつけられるのも仕方がないことなんだろうけれど。

 彼らを追い払うコツはこうしてキッパリと断ることだ。


 これくらい残酷なまでに言わないと、彼らはいくらでも食い下がってくることは嫌という程に経験済みだ。


(こういう詐欺ってアメリカでも横行してるんだなぁ……病院内でも何度かあったし)


 確かに、病院って不幸な人が多いからここは絶好の狩場か……。

 弱い人を標的にしてる悪い人たちだから、俺も心を鬼にしてこれくらいは言える。


 詐欺師たちを追い払うと、またすぐに頭の中は柏木さんのことでいっぱいになった。


 なんていったって、人生で初めてのデートなんだから!


(柏木さんはきっと慣れているだろうし、恥をかかせないようにしないと……寝ぐせはないよな?)


 もう何度も確認したのに、俺は手鏡で自分の髪を直す。


 待っていることがこんなに楽しいことだなんて知らなかった。

 外から柏木さんの診察室の窓を眺めて、一緒に歩く妄想を膨らましていたら、後頭部にチョップを受けたような衝撃を感じた。


「おいコラ、まだ約束の時間の1時間前だろ。来るのが早すぎるぞ」


 後頭部をこすりながら振り返ると、


 そこには、髪を結って浴衣を着た柏木さんが少し頬を染めて俺を睨みつけていた。


 俺はその美しさに思わず言葉を失ってしまう。


「な、なんだよ……私の恰好がそんなに変か?」


 俺の様子を見て、柏木さんはソワソワとした様子でうかがってきた。


「あ、あのですね……柏木さん」


「――ちょっと待った!」


 俺が何とか言葉を絞り出そうとすると、柏木さんに止められた。

 そして、なにやら深く深呼吸をしている。


「私はこんな格好をするのは初めてなんだ。その……お前にあまり酷く言われると凄く落ち込んでしまうと思う。……正直に言うにしても言葉を選んでくれるか?」


「言葉を選んで……?」


 言われたとおり、俺は何とか柏木さんの美しさを表現できる言葉はないかと考える。

 きっと、そういうことだろう。

 俺は足りない頭で必死に考えた。


「えっとですね……もし、俺が綺麗なモノを見せたら食料を生み出す機械を発明したとします」


 俺の不可解な語り出しに、柏木さんは首をかしげる。

 そのしぐさすらも、可愛らしくて仕方がない。


「――すると、柏木さんのせいで今度は増えすぎた食料を減らす機械が必要になります」


「……私は別に、『回りくどく言え』と言ったわけじゃないんだが……つまり?」


「柏木さん、とても素敵ですよ」


 そう言うと、柏木さんはすぐにそっぽを向いてしまった。

 気に入らなかったのだろうか。


「ありがとう、お、お前も……か、かっこ良い……ぞ」


「あはは、ありがとうございます。俺は普段の格好ですみません」


 どうやら合格点はもらえたらしい。

 俺のことを『カッコ良い』だなんて、言いにくい事を言わせてしまったのは申し訳ないけど。


「……私が先を歩く。だからお前は後ろをついてこい。道は私の方が詳しいからな」


「ありがとうございます。気を付けて歩きましょうね」


 本当は隣を歩かせてもらいたかったけれど、柏木さんの後姿をずっと見ていられるだけでも眼福である。


 そのまま、柏木さんの表情は一度も見ることが叶わず、サウスビーデンの駅についた。


「よし……もう大丈夫だろう」


 そんな呟きと共にようやく顔を見せてくれた柏木さん。

 一緒に券売機でキップを買うと俺に差し出す。


「ほら、乗車券だ」


「あはは、お金は全部柏木さんに立て替えてもらうことになりそうですね。借金がどんどん膨らんでいく……」


「返す必要なんてないさ」


「ダメですよ! お金はキッチリしないと! 柏木さんは少しだらしなさすぎです、俺は1セント単位で覚えておきますからね!」


「私がいくらでも稼ぐから気にしなくて良いのに……」


「ダメですってば!」


 自分のことに関する管理能力が低そうな柏木さんと電車に乗りこむ。


 そのまま、お祭りの会場であるサンタニアに向かった。

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