第69話 よければ一緒に行きませんか?


 ――俺の筋肉繊維の採取が終わり、蓮司さんが疲れ切った表情で手術室の椅子に腰かける。


「はぁ~、まさかこんなに大変だとは……」


「な、なんだかすみません」


「私以外の医者だったら、もっと時間がかかっていただろうね……あはは。柔らかいというのは固いよりも丈夫で厄介だ」


 どうやら、俺の皮膚に全然メスが通らなかったらしい。

 筋肉繊維も弾力がありすぎて、採取に時間がかかったんだとか。


「柏木君には『山本にほんの少しでも手術跡を残したら殴る』と脅されていたからね。緊張したよ」


「あはは、蓮司さんへの当たりがみなさん厳しいですね……」


「まぁ、愛されている証拠だろう。きっとそうだ、そういうことにしておこう」


 疲れたままでも笑顔を崩さずに蓮司さんは笑った。


 手術台にから起き上がると、蓮司さんは道具を片付けながら俺に話しかける。


「……流伽君、リリアと仲良くしてくれているんだね」


「あはは、リリアちゃんとしては俺と仲良くしたくないみたいですけど……」


 蓮司さんは笑う。


「じゃあ、気に入られてるってことだよ。リリアの担当医は実は私なんだ。その調子で懲りずに仲良くしてあげてくれないか?」


「柏木さんにも同じことをお願いされました。やっぱり若い子が引きこもってばかりじゃもったいないですからね!」


 俺がそう言って笑うと、蓮司さんは少し驚いた顔をしてすぐに笑った。


「柏木君にも……そうか。そうだな、できればどこかにでも連れて行ってやって欲しい。そういえば、明日はサウスビーデンから少し北に行ったところで日本人のお祭りがあるみたいだ。良かったら誘ってやってくれないか?」


「良いですね! 蓮司さんもご一緒にどうですか?」


「言い出しておいて悪いが、私は忙しくていけないな。君がこんなにも研究のし甲斐がある筋肉の繊維をくれたからね。隅々まで調べないと」


「そ、そうですよね……そういえば蓮司さんはとてもお忙しいんでした、すみません。う~ん、俺一人だとリリアちゃんが来てくれる自信はないですが……頑張って誘ってみます」


「別に断られても大丈夫さ。リリアの人生はこの先何十年も続くんだからな。誘い続ければいつかは来てくれる」


「あはは、そうですね。俺が日本に帰っても会えないわけじゃありませんし」


「それと……そうだな、売店で花を買っていくと良い」


「花……? どうしてですか?」


「どうしてって……女の子を口説き落とすんだから必要だろう?」


 蓮司さんは爽やかな笑顔で笑った。


       ◇◇◇


「――柏木さん、明日近くで日本人のお祭りがあるみたいなんですよ」


 柏木さんの診療室。

 忙しそうにデスクワークをしている柏木さんの横で、俺は自分の体調に変化がないかなどの報告を終えると語り出した。


「……そうか、それでリリアにはなんて断られたんだ?」


「決めつけないでくださいよ……まぁ、断られましたけど。『"はぁ? なんで貴方と行かなくちゃならないの?"』って。花を渡した瞬間はとびきりの笑顔を見せてくれたんですけどね」


「そうか。それで、私の分の花は?」


「柏木さんは花よりもこっちの方が喜ぶと思いまして……蓮司さんから一つ頂きました」


 俺はそう言ってクラッカーを柏木さんに差し出すと、柏木さんは書類にペンを走らせたまま、呆れた表情でため息を吐いた。


「あのな、私は子供じゃないんだ。花を渡された方が嬉しいに決まっているだろう」


「す、すみません……」


「まぁ、せっかくもらったモノだし。無下にはできん、仕方なくもらっておくがな。仕方なく」


 柏木さんは明らかにウキウキした様子で俺の手からクラッカーを受け取り、ポケットにしまった。


「じゃあ、お祭り作戦は失敗だな。出不精のリリアを外に遊びに連れ出すなんて難易度が高すぎる」


「リリアちゃん、本当は外で遊びたいと思うんですけどね。わざわざ中庭で漫画を読んでいるくらいですし……」


「どうだろうな。ご両親も何度も連れ出そうとしていたが、リリアは頑なに断っていたぞ」


 リリアちゃんが思った以上に強情なことを知り、思わずため息を吐く。


「……まぁ、でも俺はお祭りが好きですから、行こうと思ってます。せっかくですしね」


「そうか、外出許可は取っておくから存分に楽しんでこい」


「はい……」


 返事をしたまま沈黙してしまう。

 柏木さんが忙しそうにパソコンを操作する音や紙にペンを走らせる音だけが室内に響いた。


「……どうした? まだ何か話すことがあるのか?」


 立ち去ろうとも話をしようともしない俺を怪しんで柏木さんは問いかける。

 

 おそらく、自分が病院を辞めるから引継ぎの準備で忙しいのだろう。


 そう分かってはいたが、俺はダメもとで恐る恐る口を開いた。


「あはは……えっと。よ、良かったらお祭りに一緒に行きませんか~? ……なんて」


 ――パキッ!


 走らせていたペンの先っぽが折れ、柏木さんが固まった。


――――――――――――――

【業務連絡】

日本に帰って、喧嘩やスポーツや料理やビジュアルで無双する話もちゃんとやりますので、もう少々お待ちください!

アメリカ編も楽しんでいただけますと嬉しいです!

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