第66話 憧れの人との再会


 一緒に食事をすれば同人誌を読めるという提案を飲んだリリアちゃん。

 それと、柏木さんと俺で温かい朝食を食べる。


「"リリアちゃん、ほっぺたにパンくずが付いてるよ"」


「"――へ?"」


 俺はリリアちゃんの頬に付いたパンくずを取ってあげた。

 しかし、またすぐに怒って顔を真っ赤にされる。


「"――っ!? きゅ、急に触らないでよ! 変態!"」


「"あぁ、ごめん。妹がいるからつい癖で……"」


「"全く、リリアはまだまだ子供だな"」


「"柏木さん……口の周りがパンくずだらけですよ……"」


「"うん? 鏡がないから分からんな。山本、拭いてくれ"」


「"はいはい"」


 俺は内心で少し緊張しつつナプキンで柏木さんの口もとを拭いてあげた。

 柏木さんは美人で天才なのに時折残念な一面が見えるのも慣れてきてしまった。

 俺に拭き取られると、柏木さんはなにやら満足そうな笑みを浮かべる。


「"それにしても、今日はどうして柏木さんが朝食を持ってきたんですか? いつもは男性のお医者さんなのに"」


 明らかに使いっパシリにして良いレベルではなさそうなベテランドクターがいつも俺の病室に食事を持ってくる。

 柏木さんはこの病院では立場が上すぎて、すぐに指示を出せるのもそのレベルになってしまうからだろう。


「"あぁ、実は今日うるさい奴がこの病院に来るからな。お前にも先に知らせておこうかと思って"」


 柏木さんの言葉にリリアちゃんは眉をひそめる。


「"……うるさい奴って。もしかして、『アイツ』?"」


「"あぁ、『アイツ』だ。山本も知っている奴だぞ。日本人だ"」


「"えっ!? 僕の知り合いのうるさい奴……というか、そもそも日本人の知り合いなんて数えるほどしか……"」


 そんな風に考えていると、

 また突然病室の扉がバッと開かれた。


 ――パァン!


 直後に聞こえるクラッカーの破裂音。

 そして、どこからともなく陽気なBGMが鳴りだした。


「流伽君! 治療成功おめでとう! 辛い治療をよくぞやり切った! 感動した!」


 そんなことを言いながらパーティーグッズのデカ鼻とヒゲとアフロとサングラスを着けた壮年の男性がラジカセを持って踊り出した。


 音楽のおかげで何とか誤魔化せているが、クラッカーから飛び出た紙テープを頭からかぶったリリアちゃんの目が死んでいて地獄のような空気になる。


「"……知らない人です"」


 俺は即座に他人宣言をしてしまった。

 脳が『関わりたくない』という正常な判断を下してしまったからだろう。


「"……キマってるの?"」


 リリアちゃん、どこでそんな言葉覚えちゃったの。

 だがまぁ、そう呟きたくなる気持ちも分からなくはない。


 柏木さんは、大きなため息を吐いてそのおじさんに近づく。


「"蓮司れんじ、祝いたい気持ちは分かるが少しやり過ぎだ。通報しかけたぞ"」


「……蓮司。蓮司って……どのレンジですか? 電子? オレンジ?」


 まさか自分の知っている、憧れの人物――遠坂蓮司さんではないだろう。


「"君たちの功績は大きい! 何より、我が友人が救われたんだ! これくらい、ハシャぎたくなるってもんだ! 久しぶりだね!"」


 サングラスを瞳の上にあげると、その男性は爽やかに笑った。


 間違いなく、遠坂千絵理の父、遠坂蓮司さんその人だった。

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