第64話 現行犯逮捕です

 

「"ちょ、ちょちょちょっと!? リリアちゃん、何してんのぉ!?"」


「"うわぁ。こ、これは……ヤバいわ……"」


 リリアちゃんはベッドの上で顔を真っ赤にしている。

 俺が見ていることには気が付かないほど、同人誌に目が釘付けになっていた。


 俺はそんなリリアちゃんから、慌てて同人誌を取り上げる。


「"――ちょっと!? 返してよ! 今、凄く良い所だったんだから!"」


 リリアちゃんの隣には足代先輩の魂の作品たちが積み上げられていた。

 恐らく、俺が帰ってくる前に勝手に俺の鞄を漁って見つけ出したのだろう。


 どれもこれも薄い本ではあるが、そんなに時間は経っていない。

 どうやらリリアちゃんが読んだのはこの1冊だけのようだ。


 俺はその本を確認してホッとため息を吐く。


「"このタイトルは……良かった、これはまだセーフな方だ……"」


「"セーフ!? これで!? 兄妹恋愛なんて、アメリカじゃ銃よりも厳しく規制されてるわよ!?"」


「"じゃあ、もう見ない方が良いよ。全く、人の荷物を勝手に漁るなんて……"」


「"いや! こんなに刺激的で背徳的で、好奇心が揺さぶられる漫画は他にはないわ! 作者さんは天才よ! 全部読ませて!"」


 そう言って、リリアちゃんは他の同人誌に手を伸ばす。


(ダメだ! 特にその肌色が多い本は!)


 俺は即座に全ての同人誌を左腕に抱え、リリアちゃんから遠ざけた。


「"ダメだって! これは……その、特別な本だから!"」


「"なによ~! よ~ま~せ~な~さ~い~よ~!"」


 リリアちゃんは俺の腕から同人誌を奪おうと掴みかかってきた。


「"ダメだって~! コラ、頬っぺたを引っひゃる(張る)な~!"」


「"何よ、ケチ! こんなにモチモチな頬っぺたして~!"」


 こうしてベッドの上で格闘が始まった。

 リリアちゃんの本への執着は凄まじく、俺のシャツやズボンや頬っぺたを執拗に引っ張ってくる。

 足代先輩の本はドラッグ並みの中毒性があるらしい、法律で規制されなければならない。


 ラチがあかない俺は空いている右手で少しだけ手荒にリリアちゃんをベッドに押さえつけた。 


「"こら! 暴れるな! 大人しくしろ!"」


 その瞬間、病室の扉が開く。


「――お、鍵が開いてるな。山本、今日は私が朝食を持ってきた……ぞ?」


 何故か今日に限って、朝食を持って来た柏木さんが目にしたのは、


 ――小学生女児をベッドに押さえつけ、左手にややいかがわしい同人誌を持った男性だった。


「…………」

「…………」


「"は~な~し~て~!"」


 リリアちゃんの必死の抵抗の声だけが病室に響く。

 柏木さんは咥えていたラムネシガレットをポトリと落とした。


「……山本、大丈夫だ。ヤってしまったものは仕方がない、私も一緒に罪を償う。共に更生していこう」


「誤解! 誤解ですってぇぇぇ!」


 俺の必死の叫びは病室中に響いた。


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