第59話 なぜ、クマの話が出てくるんだ?
柏木さんから頂いたラムネシガレットを咥えたまま、これからの3カ月の経過観察について考える。
これからの3カ月はただの経過観察、きっと自由な時間も増えるはずだ。
もちろん、学校に行っていない間の勉強も引き続き手を抜くつもりはないが……。
(……そういえば)
不意に、俺は昨日の夜に鉢合わせしたお隣の病室の小さな女の子のことが気になった。
隣人を怖がらせたまま生活するのは忍びない。
どうにか、廊下で会ったら挨拶して談笑するくらいの距離感にはなれないだろうか?
そう思い、まずは情報収集のために柏木さんに尋ねた。
「柏木さん、俺の隣の病室の小さな女の子のことを知っていますか? 凄く可愛い子です」
柏木さんはすぐに答えた。
「あぁ、リリア・ブライアか。なんだ、気になるのか?」
「えぇ、お隣さんですからね」
柏木さんは真剣な表情で考える。
「山本……美少女とはいえあの子はまだ12歳だ。この国ではそういうのは厳しいからな。手を出すならまずは私に相談してくれ。私が何とか外部に漏れないように――」
「違いますよっ!? というか、犯罪を起こさせようとしないでくださいよ!?」
柏木さんのシャレにならないアメリカンジョークを躱す。
この人のジョークも大概ブラックなんだよなぁ。
「……あぁ、分かっている真剣な相談なんだよな。確かに、山本にとっては大きな悩みだ」
柏木さんは少し顔を赤らめると、また話を続けた。
「山本、残念ながらロリコンに治療法はない。現代の医学では敵わないんだ、私が絶対に治療方法を開発するから、ひとまずは子供服を着た私で我慢――」
「だから違いますって! 昨日、部屋を出る時に鉢合わせたんですが怖がらせちゃって! 考えてみたら、俺は日中はいつも外に出てたのに一度も会ったことがなかったなって! そう思って何気なく尋ねただけなんですっ!」
結局、全部説明する羽目になってしまった。
ようやく理解してくれた柏木さんはホッとしたように腕を組んで椅子に深く腰掛ける。
「……まぁ、あの子はいつも部屋に引きこもっているからな。家族との面会すら拒絶してるほどだ」
「えぇっ!? も、もしかして、精神病とかですか!? 俺のせいで悪化させちゃってたらどうしよう……」
「私の口からあの子の病名を勝手に伝えることはできん。プライバシーがあるからな。……だが、そうか……うむ……」
柏木さんはそう言うと、急に頭を悩ませ始めた。
俺は何気なく隣の部屋の女の子が気になっただけなんだけど……。
……そのまましばらく悩み続け、柏木さんが8本目のラムネシガレットを食べ終える。
結構悩んでいたが、なにか決心をしたのだろうか真剣な瞳で俺の目を正面からじっと見つめた。
「――山本、隣の病室のリリアとは是非とも仲良くしてやって欲しい」
相当悩んだ末に柏木さんはとても普通なことを言った。
いや、ロリコンだと疑われている俺に言うのはきっと一大決心だったのだろう。
「な、仲良くはしたいですけど……俺から近づいたら余計に怖がらせちゃいませんかね?」
「むしろ、山本にしかできないと考えている。ほら、お前妹がいるだろう? 同じように接してやれ」
「流石にキッカケがないと難しいですよ。何より、突然近づいてくる男とか怪しいですし……じゃあ、日本の童謡を教えてあげるのとかどうでしょう? 『森のくまさん』とか」
「『森のくまさん』はアメリカ発祥だ。それにあの子は声を出すのも得意じゃないしな」
「じゃあ……大きなクマのぬいぐるみをプレゼントするなんてどうでしょう?」
「モノで釣るのか、ありだな。私の分もちゃんと用意しろよ」
「そして仲良くなったら、動物園に連れて行くとか! クマなんて大迫力ですからきっと面白がって」
「――山本。どうしてさっきからクマの話ばかりなんだ?」
「……え?」
無意識だったが、言われて気が付く。
そうだ、さっき本当は"見えちゃった"から印象に残って……。
「な、なんででしょうね……あはは!」
俺は慌てて誤魔化す。
いつもクールでカッコ良い柏木さんがクマさんパンツを履いていたなんてことは、俺は知らない。
「と、とにかく! 何らかの方法で仲良くなれるように頑張ってみますね! 仲良くなれれば、ご家族を拒絶している理由も分かると思いますし!」
「あぁ、頼む。山本、リリアが心を開いてくれるかはお前にかかっている」
「そ、そんなに期待しないでください……今は好感度最悪なんですから」
そう言って、俺が部屋を出て扉を閉める瞬間――
「本当に……すまない……」
そんな柏木さんの呟きが聞こえた気がした。
――――――――――――――
【業務連絡】
読んでいただき、ありがとうございます!
新作のほうもカクヨムに上げる予定ですので、作者のフォローなどよろしくお願いいたします<(_ _)>ペコッ
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