第58話 ラッキースケベ

 

「柏木さん! すみません、一旦こちらに避難させて――!」


「……ふぇ?」


 女性看護師さんたちから逃げて、俺が柏木さんの診察室のドアを開く。

 バキッと何かを破壊するような音が聞こえると共に、柏木さんは瞳を見開いたまま俺を見て呆けた声を上げた。


 それもそのはず……柏木さんはお着換え中だった。

 正確に言うと、スカートを履いている途中……。


 俺と柏木さんは見つめ合ったまま一瞬、時間が止まる……。


「す、すみませんでしたぁ!!」


 我に返った俺は扉を閉めて、すぐに背中を向けて謝った。


「だ、大丈夫だ! もうほとんど着替え終わっていたしな!」


「いいえ、完全に俺が悪いです……本当にすみませんでした」


「謝ることはない。思えば私だって君の身体を堪能――じゃなくて、治療のために何度も見させてもらっているし。それにしても、ちゃんと鍵をかけていたと思うのだが……」


 俺は柏木さんに背を向けたままもう一度頭を下げる。


「あの……それが、今見たらどうやら扉を開いた時に鍵を壊しちゃったみたいで……」


 背中越しに柏木さんの呆れたため息が聞こえた。


「お前の場合、普通に生活するだけでも手加減が必要だな。もう着替え終わったから、振り向いても良いぞ」


 俺はゆっくりと振り返る。

 顔を真っ赤にした柏木さんが強がっているような表情でラムネシガレットを咥えて足を組んで座っていた。

 美人で経験が豊富そうな柏木さんでも恥ずかしかったらしい。

 思えばまだ年齢的には女子高生だし、そりゃそうか。


 柏木さんは大きく咳ばらいをすると、恐る恐る聞いてきた。


「……ぎりぎり、スカートを履くのが間に合っていたと思うんだが。ちなみにその……"見えて"しまっていたか?」


「いえっ! 全く! 何も見えませんでしたぁ!」


「そ、そうか……せっかく――いや、何でもない」


 柏木さんは何とも言えない表情で何とも言えない返事をする。

 あまり感情を表に出す人ではないので、内心ではかなり怒っている可能性もある。

 いや、怒っているに違いない。


「それで……どうして、こんなに早くに私の診察室に来たんだ?」


「実は、昨夜は眠れなかったので中庭のベンチで涼んでいたらそのまま寝落ちしてしまいまして……起きたら看護師さんたちに心配されて追い回されてしまったんです。それでここに避難を……」


 俺が事情を説明すると、柏木さんの目つきが急に鋭くなる。


「なるほど、私から山本には近づかないように注意喚起をしておく」


「そ、そこまでしなくても良いと思いますが……」


「山本、自分の病室のカギはちゃんとかけているか?」


「え? えぇ……まぁ、トイレとかに行くときはすぐに帰ってくるのでかけませんが。それ以外は基本的にかけてます」


「そうか、ちゃんとかけておいた方が良いぞ。病院とはいえここはアメリカだ、危ないからな」


「柏木さんのアメリカのイメージ、なんか悪くないですか? 確かに、勝手に荷物を漁られたりするのは困りますが……」


「そんなことより、せっかく早く来たなら話を始めるか。お前の経過観察についてだが、恐らくあと3か月程度だ。それまでに異常がなければ退院だな、日本にも帰れるぞ」


「そうなんですね! 思ったよりも早い! でも、柏木さんとお別れになると思うと寂しいですね~……」


 俺がそう呟くと、柏木さんは不思議そうに首をかしげた。


「何を言ってる。私もお前についていくぞ?」


「え?」


「当然だろう、私はお前の肥大症を治すためにここにいるんだ。お前の病気が治ったなら私がここに残る理由はない。今回お前から得たデータは日本に持ち帰って、認可が降りたら製薬は日本で行うつもりだ」


 なんてことでもないかのように言う柏木さんに俺は困惑する。


「ちょ、ちょっと待ってください! この病院を辞めるおつもりですか!? 柏木さん、ここでもかなり偉い立場なんじゃ……」


「だ~か~ら~、それも私が自由に肥大症の研究をするために得た立場に過ぎん。要らぬ名声だ」


「……もしかして、俺……柏木さんの人生を狂わせてます?」


「今更、何を言ってるんだ」


 柏木さんはラムネシガレットを一本取り出すと、俺の口に差し込んだ。


「お前が私の人生を治療したんだろ、こうやってな」


 ――――――――――――――

【業務連絡】

恐らく、勝負下着を履いて来ていた柏木さん。


前回は沢山の応援コメント、ありがとうございました!

引き続き、読んでいただけますと嬉しいです…!

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