第47話 勝負で決着をつけます


「……これは、一体どういうことだ?」


 ――身体検査を終えた後。


 次は運動能力の検査をするために病院に併設されている運動場に来ると、柏木さんは眉をひそめた。


 そこでは、多くのアスリートと見うけられるムキムキなアメリカ人達が入念なストレッチを行っていた。


 俺は尋ねる。


「柏木さん、どうされたんですか?」


「今日、この運動場は貸し切りのはずだ。なのに知らん奴らが沢山いる。責任者っぽい奴は……あいつか」


 柏木さんは不機嫌を表すようにノシノシと歩いていくと、コーチっぽいジャージを着た壮年のアメリカ人男性に英語で話しかけた。


「"おい、今日は私たちの貸し切りのはずだぞ? ここは公園じゃない、即刻出ていけ"」


 柏木さんの強い物言いに選手と思われる周りの人たちからの注目も集まった。


 コーチっぽい壮年の男性は柏木さんと俺の二人しかいないことを確認すると、友好的な笑顔を浮かべて柏木さんに応える。


「”俺たちは世界陸上の短距離走の選手団だ。実は、予定していた運動場が使えなくなったから急遽この運動場を借りてトレーニングをすることになって――"」


「"知るか、私たちが先に予約していたんだ。事務員が勝手に許可したかはしらんが、出ていけ"」


 柏木さんは一切ものおじすることなく伝える。


 すると、ガタイの良い選手の一人が勝手に割って入ってきた。


「"俺達はアメリカ国を背負って立つ代表選手だぞ? 事の重大さが分からないのか?"」


「"そんなの、こっちだって重要だ。経過観察でこれから患者の運動データを取らなくちゃならないんだ"」


 柏木さんの話を聞いて、選手たちは少しへらへらと笑った。


 また今度は別の選手と思われる人が勝手に話し出す。


「”勘弁してくれ、今はあまりにも重要な最終調整の時期なんだ。世界陸上の開会式が明日に迫ってる。お前だってそれくらいは知っているだろ? 俺たちがこの場所を使うのは光栄なことなんだぞ?”」


「"例え大統領命令でも従えないな。先に貸し切りの予約をしていたんだ、ルールは守ってくれ。それか、交渉したいなら核爆弾のスイッチでも持ってくるんだな"」


 屈強な男たちに取り囲まれているのに、柏木さんは一切態度を変えない。

 俺はハラハラしながら、一応何かあった時に柏木さんを守れるようすぐ後ろに立つ。


 選手たちの傲慢な態度を制しながら、コーチと思わしき男性は柏木さんに提案した。


「"分かった、じゃあ運動場の一部を使って良い。その患者だけなんだろ? だったら、そんなにスペースは使わないはずだ”」


 柏木さんはその発言に怒りで青筋を浮かべる。


「"『使って良い』だと? なんでお前が許可を出す立場なんだ? そして私は許可など出さない。もう一度言おう、この運動場は今日私と患者での二人きり――貸し切りだ"」


 一触即発な雰囲気になりそうだったので、俺は冷や汗をダラダラと流しながら柏木さんにコソコソとささやく。


「ちょっと、柏木さん! 良いんじゃないですか? 別に運動場を使わせてあげても……一緒に使うこともできるはずです」


「ダメだ。立場が偉ければルールを破っても許されるのか? 何より、人の数や身体の大きさで有利を取ろうとしている態度が気に食わん、私たちが女子供だから言いくるめられると付け上がっている。それに――」


 柏木さんは言語を英語に切り替えてコーチや選手たちに語る。


「"これはお前たちの為にも言ってやっているつもりだったんだが……こうなったらもう良い。その傲慢な態度にも腹が立った"」


 柏木さんはそう言うと、腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。


「"丁度良い、短距離走で決着をつけよう。山本が勝ったらこの運動場を使わせてもらうぞ"」


 柏木さんの発言に一瞬静まり返った後、その場にいた選手たちはドッと全員が笑いだした。

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