第46話 触診なので仕方ない

「おはようございます、柏木さん」


「あぁ、おはよう。昨日はゆっくりと休めたか?」


 ――翌日のお昼ごろ。


 俺は約束どおり、柏木さんの診察室で落ち合った。


「あはは、あんなことをしでかしてしまった後でしたが、ぐっすり眠れました。寝坊しなくて良かったです」


「当然だな、治療の身体への負担は相当なモノだ。……悪いが、今入ってきた扉の鍵を閉めてくれ」


「あっ、はい。分かりました」


 俺が言われた通りに部屋の鍵を閉めて振り返ると、柏木さんは俺にギュッと抱き着いた。


 俺は思わず身体をビクリと震わせる。


「あ……あの、柏木さん? これは一体どういう……」


「ここはアメリカだぞ? ハグは挨拶みたいなモノだ……それにしてもふむ……」


 柏木さんは俺の身体にスリスリと自分の顔を押し付けた後、俺の顔をペタペタと触る。


「……なんてこった、肥大症の後遺症が残っているな」


「えぇ!? ど、どんな後遺症ですか!?」


 どうやら挨拶と触診を兼ねていたらしい。

 役得だと思って喜んでいたが一転、柏木さんの発言で俺は一気に不安になった。


 柏木さんは悲痛な面持ちで語る。


「……肌がすべすべのモチモチだ。恐らく、残留した水分が全身に浸透しているのだろう。ふふ、女の子みたいに綺麗で柔らかいな」


 俺の頬をムニムニとつまみながら笑った。


 俺は思わず大きな安堵のため息を吐く。


「お医者さんが冗談を言っちゃダメです! 心臓に悪いですよっ!」


「どれどれ、本当だ! 凄くドキドキしているな!」


「そ、そうですよ! 全く!」


 柏木さんは背伸びをして俺の胸元に耳をつけてきた。

 ドキドキしている理由の大半は柏木さんに密着されているからだが、俺はどうにか誤魔化す。


 データが取れて満足そうな表情で俺から身体を離すと、柏木さんは机に置いてあった資料を手に説明を始める。


「今後の予定だが、まずは徹底的な身体検査だ。それから、また運動場に移動して運動能力のデータを取らせてもらう。つまり、経過観察だな」


「そういえば、経過観察はどれくらいするんですか? 蓮司さんは1年くらいはこっちにいる必要があるって言ってましたが」


「100年……と言いたいところだが実は問題がなければ数カ月で済む。遠坂が1年と言ったのは以前の薬での必要な観察期間を参考にしたんだな。あの薬は不安定だったから」


「なるほど……早く日本に帰れるのであれば嬉しいです。妹にも会いたいので」


 柏木さんはやっぱりまだ昨日のことを怒っているのだろうか。

 憎らしい俺を100年間拘束したいらしい、やめて。


「一通り終わったら、私がお前に本場のアメリカ料理を振舞ってやろう! もう、自由に飲み食いできるからな!」


 柏木さんはそう言って自信ありげに胸を張る。


「おぉ! それは楽しみです! そうだ、俺も柏木さんにお料理を振舞っても良いですか? 恩返しにもなりませんが」


「いいぞ、私はこう見えても結構グルメだからな! まさか私の胃袋まで掴むことはないだろう」


 柏木さんは昨日俺に肩を掴まれたことを揶揄して笑った。

 根に持っているみたいだし、もう一回全裸で土下座しようかな……余計に怒らせちゃうか。


「さぁ、さっさと身体検査を済ませて運動場に行こう! 生まれ変わったお前の運動能力も気になるしな!」


 白衣を羽織り出ていく柏木さんに俺はついていった。

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