第45話 事故なんです


 悲しみに打ちひしがれつつ、俺は上半身だけでなく身体全体で立ち上がってみた。


 約70キロの水分という名の重りが無くなった俺の身体は綿のように軽く、地面から空に飛んで行ってしまいそうだ。


「す、凄い! 自分の身体じゃないみたいです! ほら! 見てください、凄く身体が軽いですよ! ほらほら!」


 俺はテンションが上がり、その場でぴょんぴょんと跳ねる。


「あ、あぁ……見ているとも……た、確かに凄いな」


 柏木さんはなぜか両手で自分の真っ赤な顔を覆い、指のすき間からそんな俺をガン見していた。


 その視線は何となく俺の下半身に注がれているような……あ。


 そういえば、俺の身体は急激に小さくなったのだ。

 ということは当然、俺が太っていた時に巻いていた布や下着はブカブカなわけで、そんな状態で飛び跳ねたら当然、ずり下がって――


 俺は一糸まとわぬ自分の姿に気が付き、慌てて股間を手で隠した。


「す、すみません! 興奮して気が付か……ず?」


 直後、ずり落ちて両足にかかっていた自分のパンツで俺はバランスを崩す。

 身体の重心がまだ分からず、俺はヨロヨロと全裸の状態で咄嗟に柏木さんの両肩を掴んで支えにしてしまった。


 冷や汗をダラダラと流す俺と見つめ合うような形になると、柏木さんは恐怖のせいか、顔を一層赤くしてギュッと固く目をつむる。


 そして、「ん……」と小さく聞いたことのない可愛い声を上げてそのまま俺に顔を向けて固まってしまった。


 俺は即座に離れてその場で全裸土下座を敢行した。


「すみません! 本当にすみません! ワザとじゃないんです。身体が軽すぎて楽しくなっちゃって、気が付いたらバランスを崩して柏木さんの肩を掴んでいて……」


 恐る恐る顔を上げると、柏木さんは驚いた表情で俺を見ていた。


 そして、顔を真っ赤にしたまま頬から汗を垂らして、強がるように笑う。


「な、なんだ! そうか、バランスを崩しただけか! まだその身体には慣れていないからな! き、期待などしていないぞ? 謝るどころかむしろ、ありがとうというか!? あはは、な、何を言っているんだろうな私はっ!」


 柏木さんも突然俺に変なモノを見せられた上に裸で迫られ、恐怖と怒りで言動がおかしくなってしまっていた。


 そもそも「近づくな」とすら言われていた中での粗相である。

 もう一生口をきいてもらえない可能性もある。


 俺は吸水マットに額をこすりつけて引き続き謝った。


「本当にすみません、死にます。俺は命の恩人にとんでもないことをしました。この命、お返しいたします。恥の多い人生でした」


「お、お互い徹夜明けだからな! テンションがおかしくなっているんだ! とりあえず、今日は一日ぐっすり休んで、また明日会おう! ほら、お前の服だ! わ、私も我慢が効くか分からんから早く着てくれ!」


 大天使、柏木様は俺の粗相を許してくださった。

 本当にありがとうございます、明日から毎日ラムネシガレット食べます。


 柏木さんも顔が真っ赤になるくらい内心では怒っているのに、病み上がりの患者だからという免罪符でどうにか我慢してくださっているのだろう。


 言う通り、柏木さんの怒りの限界がくる前に消えた方がよさそうだ。


「失礼しました~っ!」


 大急ぎで着替えて深々と頭を下げると俺は柏木さんと別れて自室に戻った。


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