第42話 それは強力な麻酔

 柏木さんに赤い錠剤を渡され、少量の水で飲みこむ。


 そして、顔までを白い布で覆われた俺は床に横たわった


「床のマット、思った以上にふかふかですね。これなら寝心地も良さそうです」


 口元も当然布で覆われている俺はフガフガと話す。


「私の計算だと約70キロの水分が排出されるからな。吸水マットもかなり厚めだ。横たわってもらうのは、身体全体に均等に重力がかかるようにするためと寝るときと同じ状態にして身体を休眠状態にするためだ」


 柏木さんは横たわっている俺を見下ろしながら説明する。

 何ていうか……凄く良いです。


「その全身の布がトレーニングの際に何度か着けたマイクロチップ入りのシール代わりだ、今回の場合はシールだと水分のせいですぐに剥がれてしまうからな」


「なるほど、これでデータを取るんですね」


「そういうことだ。じゃあ、私はガラスを隔てた向こうの部屋でお前の様子を見ているよ」


 そう言うと、柏木さんはアイマスクを取り出して俺の目に装着する。


「おやすみ、山本。良い夢が見られるといいな」


「あはは、生きて朝日を拝めるように努力します」


        ◇◇◇


 目元にアイマスクを着けて2時間後――


 激痛が来ると予告されていると、人は眠れないモノだ。


 そして、その瞬間は突然やってきた。


「ぐぅぅ……!」


 全身を焼けるような痛みが襲う。


 つい、苦悶の声を上げてしまった。


 本当は声を上げずに堪えるつもりだった。


 じゃないと、あの人はきっと心配してしまうから。


(耐えろ……! 急にきたから驚いたけど、耐え切れない程じゃない! 頑張れ! できる! だって俺は長男だから!)


 体中から水が抜けているのは都合が良かった、痛みで冷や汗をかいていることがバレなくて済む。


 さっきは少し声を上げてしまったが、柏木さんはガラスの向こう。

 きっと聞こえていないはずだ。


 後は数時間この痛みを耐えるだけ。


 これまでの人生だってずっと痛みに耐えてきた。

 それに比べれば、今更こんな痛みなんてどうってことない。


 でも、やっぱり麻酔をください……!


(――!?)


 心の中で弱音を吐き始めていたら、


 突如、俺の口元に異変を感じた。


 鼻をくすぐる甘いラムネ菓子のような香りと共に――


 俺の口には一瞬、布越しに柔らかい感触があった……。


        ◇◇◇


「――山本、お疲れ様。終わりだ、もう痛みは収まっているだろう?」


 恐らく朝を迎えたのだろう、アイマスクのせいで何も見えないが柏木さんの声が聞こえてきた。


「えぇ、いつの間にか痛くないですね」


「一度だけ、苦しそうな声を上げていたな。その後は良好そうに見えたが」


「最初は驚きましたが、楽勝でした。途中でとても強力な麻酔を打ってもらえましたから」


「……そうか、なら私も協力したかいがあったというモノだ」


 淡々とそう言い放つ柏木さんに、一人で心中ドギマギしていた俺は自分が恥ずかしくなってきた。


 考えてみれば柏木さんは実利的な性格だ、俺の痛みが緩和されると考えれば困惑させる為に布越しに口づけくらいは平気でするだろう。


 柏木さんはとても美人だからそういうことも慣れているだろうし、純情な男心をもてあそぶなんて柏木さんは罪な女性だ。


 とはいえ流石に役得だと思いながら、圧倒的経験不足な俺は白状する。


「あはは、まんまと柏木さんの作戦に乗せられましたね。あんなことされたら痛みなんてどうでも良くなっちゃいますよ。ずっとドキドキしてました」


「……そ、そうか」


 俺は早速朝日を拝もうと、横たわったままアイマスクを指でつまみ上げる。


 ――しかし、直後に柏木さんがまたアイマスクを引っ張り下げて俺の目を覆ってしまった。


「……悪い、もう少しだけそのままでいてくれ。その……、まだデータを取っているから」


 一瞬だけ見えてしまった柏木さんの顔は朝日のように真っ赤に染まっていた。

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