第41話 変わらなくても良いのに


 柏木さんは俺の後から治療室に入ると、パンツ一丁になった俺の身体や顔をジロジロと見る。


 トレーニングやマッサージの過程で何度も見られているはずだけど……


「どうしたんですか?」


「いや、お前のこの姿も見納めかと思うと何だか名残惜しくてな。初日にも言ったが、私は今のお前の姿も嫌いではないよ」


「そうですか……実は俺もです。そう言ってくれる人が柏木さん以外にもそばにいてくれましたから」


 彩夏の顔を思い出して、俺は呟く。


 柏木さんはじーっと俺の顔を見つめると独り言のように尋ねてきた。


「……なぁ、抱きしめても良いか?」


「え、何でですか?」


「そうだな……えっと……、研究データを取るためだ」


「なるほど、嫌じゃなければどうぞ」


 謎の間を挟みつつ、柏木さんはご要望どおり俺の腹回りに抱き着いた。


 トトロでこんなシーンがあった気がする。


「…………」

「…………」


 そしてそのまま数分間、柏木さんにギュッと抱きしめられる。

 真剣にデータを取っているのかもしれないが、沈黙に耐えられず俺は声をかけた。


「あの……柏木さん?」


「あぁ、すまない。つい、ずっとこうしていたいと思ってしまったよ」


「あはは。水が入っているだけあって、抱き心地は良いみたいですからね。妹にも良く指でプニプニと突かれます」


「……そういうことだ。命の危機なんてなければそのままの姿でも良かったのにな。さて、お前がこのマットの上で横になる前に最後の準備をさせてもらう」


 そういうと、柏木さんは部屋の隅に置いてあった白い布を俺の身体に巻き付けていった。


「目以外はこの布で完全に覆ってしまうからな、まゆみたいな状態で一晩を過ごしてもらう。ちょうど姿が変わるわけだし、適切な表現だな」


「なるほど……山本羽化(流伽)ってわけですね」


「面白い冗談だ、たいそう腹を抱えたよ。君の発言データとしてこの治験の書類に永久に残しておこう」


「土下座するのでやめてください。全身を業火で焼かれた方がマシです」


 そんな調子でグルグルと俺の身体はミイラにされていった。

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