第40話 怖いから、手を握って


「さて、ここがお前の治療室だ。この部屋の中でお前には一晩過ごしてもらうことになる」


 手を繋いでもらったまま柏木さんに連れてきてもらった部屋は、透明なガラスで仕切られていた。

 向こう側の部屋の床は柔らかそうな青いマットで覆われている。


「敷き詰められているのは吸水マットだ、お前の身体から大量の水分が排出されるからな。もちろん、服は下着以外脱いでもらう。そして、ガラスを一枚隔てたこちらの部屋で私は投薬後のお前に異常がでないか一晩中経過観察をするというわけだ」


「柏木さんに徹夜させてしまうというわけですね、なんだかすみません」


「気にするな、慣れてる。それに、徹夜することになるのはお前も同じだ。激痛で眠れないどころか、痛みで時間の流れが酷くゆっくりに感じるほどだろう」


「……本当に全身を火で焼かれるような痛みなんですか?」


「すまない、その表現は脅しが過ぎたな。少し説明してやろう」


 柏木さんはそう言うと、これから俺に飲ませるのであろう赤い薬をポケットから取り出して見せた。


「激痛の原因は皮膚の収縮だ。私の薬では身体の縮小に合わせて皮膚も適応してくれるが、その際に全身の皮膚が動くことになるから痛みが生じるんだ。だから、もう少し正確に言うと『皮膚が無いむき出しの全身を常に撫でられ続けるような痛み』だな」


「なんだか生々しくてそっちの方が嫌ですね……麻酔は使えないんですか?」


「すまないが、薬の性質上麻酔との併用はできない」


「まぁ、痛みには慣れてますから大丈夫です。だから――」


 俺は柏木さんに微笑みかける。


「そんなに心配、しないでくださいよ」


「……これでも明るく振るまっているつもりだったんだがな」


 柏木さんは観念したような表情で大きなため息を吐いた。


「あはは、俺の手を握ったのは失敗でしたね。気が付いてないと思いますが、ずっと震えていますよ。本当に怖がっていたのは俺じゃなくて柏木さんだ」


「……お前にこんな辛い思いをさせるのは忍びないよ、代わってやれるなら代わってやりたいし、今からでも中止にしたいと思っているくらいだ」


 柏木さんは堪えるかのように握っている俺の手にギュッと力を込めた。


「だが、本当にこれで終わりなんだ。私の我儘でここまで死ぬ気で頑張ったお前の努力を無駄にするわけにはいかない。私の気持ちが揺らぐ前に、早く服を脱いで準備をしてくれるか?」


「だから、何となく急いでいる感じだったんですね。ありがとうございます、柏木さんのお気持ちは嬉しいですよ。じゃあ、早速……」


 俺は服を脱いで準備を始めようとしたが、できないことに気が付いて柏木さんを見る。


 柏木さんはそんな俺を見て不思議そうに首をひねった。


「どうした? もう準備を始めても良いぞ?」


「あの……繋いでいる手を離してもらわないと脱げないんですが……」


「……あっ! そ、そうだよな……すまん」


 もう少しだけ繋いでいて欲しかったなと内心で惜しみつつ、俺は服を脱いでガラスを隔てた向こうの部屋に向かった。


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