第39話 柏木さん、ご乱心
「あわわわわわ……」
俺の正体が柏木さんの人生を変えてしまった張本人だと分かった瞬間、柏木さんは顔を真っ青にして目をグルグルと回し、頭を抱えてしまった。
白衣を羽織っているとなんだか実験に失敗した科学者みたいで、そんな姿も絵になる。
いつもクールで気だるげでカッコ良い柏木さんからは完全にキャラ崩壊してるけど……
「どうしたんですか柏木さん! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫なわけあるか! 私はお前にとんでもないムチャをさせたんだぞ! 自分の大恩人であるお前にだ! 死ぬほど辛いトレーニングを何度も何度も強要した!」
「えっと、それは必要なことでしたし……確かに死ぬかと思うようなトレーニングはありましたが……」
「お前を絶対に完治させるためとはいえ、私はお前の辛そうな顔を見て見ぬフリをしていたんだ! 昔はお前だけが、苦しんでいる私を見つけて手を差し伸べてくれたのに!」
「何を言ってるんですか! トレーニング中、柏木さんは一度も俺から目を逸らしてませんでした! むしろ、俺からしたら見ている柏木さんの方が辛そうでしたよ!」
「いーや、私はとんでもない恩知らずだ! あろうことか、お前を実験台にした!」
「な、何を言ってるんですか! 命の恩人です! 俺は望んで治験を受けました!」
「違う、私は非難されてしかるべきだ! ちゃんと、実証を得てからお前には薬を飲ませたかった! トレーニングだってもっと軽く済むように薬を改良できたかもしれない!」
夜空で星がきらめくアメリカの大学病院の屋上――。
俺と柏木さんはお互いに一歩も譲らずに言い争いのような状況が続いた。
内容は自分を責める柏木さんと、それを擁護する俺という何とも変な戦いだ。
埒が明かないので、俺は強硬手段に出た。
「とりあえず、お互いに落ち着きましょう。ほら、ラムネシガレットでも食べながら」
俺は自分のポケットに忍ばせていた箱からラムネシガレットを一本、柏木さんの口に突っ込む。
先ほど同じことをされた仕返しのつもりだったが、柏木さんは本当に静かになった。
ラムネを咥えながら、感慨深そうな表情で俺の顔をじっと見つめている。
柏木さんって何て言うか――
「……おい、今私のことを赤ん坊みたいだと思っただろう」
「何を言っているんですか、思っていませんよ。これじゃあ、おしゃぶりみたいだなんて」
「思ってるじゃないか。はぁ、全く」
柏木さんは俺の丸々と太ったお腹にポスンッと弱弱しいパンチをした。
ありがとうございます。
俺も一本、ラムネを咥えて落ち着く。
「お前が私の口にまたあの時と同じようにラムネシガレットを突っ込んだ瞬間、私がお前にしてきたことへの後悔は全て無くなってしまったよ。私はこの瞬間のために今まで頑張ってきたのだとすら錯覚してしまった……自分勝手だがそれでも良いか?」
「少なくとも、俺は後悔なんてありませんよ。柏木さんと過ごしたこの3カ月間は悪くありませんでした」
「じゃあ、これから後悔することになるかもな。最後の仕上げだ! 治療室に案内しよう。そこで一晩苦痛に耐え忍べば病気は完治してお前の身体は元通りになる」
「うっ、そうだった……全身を業火で焼かれるような激痛が待っていた……」
「怖いなら手を繋いでやろう、ほら行くぞ」
俺は柏木さんの手に引っ張られて、病院内へと入っていった。
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