第37話 柏木さんの本心

 ――2か月と3週間後。

 あと、たったの1週間で俺のトレーニングは全て終わる。


 そんな状況の中。

 俺は残り10周を残して運動場のトラックでうつぶせに倒れていた。


「か、身体がピクリとも動かない……!」


「……流石のお前でもこうなったか」


 柏木さんは、俺の様子を見てため息を吐く。


「きっと、これまでのトレーニングも死ぬほど辛かっただろう。それなのにお前は向上心や好奇心によって私のしごきを耐えて、限界を何度も超えていたな。お前の精神力は驚異的だと言う他ないよ」


「あはは……日本にいた時はいつも気絶するまで走らされていたので……。それに、トレーニング後には柏木さんが毎日マッサージしてくれましたし、怪しい薬も飲ませてくれましたから」


「確かに、私のマッサージや特製の薬は疲労回復や筋繊維の回復に効果があるだろう。しかし、身体が動かないのは脳が活動限界だと誤認しているからだな。通常、130キロの身体に必要な水分は8ℓだ。お前の身体は肥満ではなく水分を蓄えている肥大症だから2.5ℓでも理論上は動けるはずだが――」


「脳は脱水症状を起こすと誤解して、身体を守ろうとするため動けなくなる……というわけですね」


 柏木さんは頷いた。


「この状態になるまでトレーニングを続けてこれたのはお前が初めてだよ。他の患者たちはもっと早くにリタイアしている」


 柏木さんは倒れている俺の隣にしゃがみ込む。


「どうする? 流石の私もお前の脳に干渉して運動命令を出すことはできない、お前が自分の力でどうにか立ち上がるしかないわけだが……ここでやめてもお前の症状はかなり改善すると思うぞ?」


「ですが、あとたったの1週間なんです。それに、ここで諦めたら日本での新薬の認可の話もまた遠くなってしまいますよね……?」


「そんなの、お前が気にすることじゃないさ。これはお前の為の治療だ、それにお前のおかげでかなりデータも揃った。ここで諦めてもお前は良くやった方さ」


「柏木さんは、本当にそれでもいいんですか……? 俺がここで諦めても」


「……だから、それはお前が決めることで――」


 柏木さんは言いかけると、押し黙った。


 やっぱり、態度には出さないけど柏木さんは俺の治療にかなり個人的な期待を寄せている。


 でなければ、毎日汗だくになるまで俺の巨体をマッサージをしてくれるはずがないし、目の下にクマができるまで夜通しトレーニングメニューの再計算をしてくれるはずがない。


 俺が頑張れたのは、そんな柏木さんがずっと近くにいてくれたからだ。


 どうにか、今回ははぐらかさずに本心で答えて欲しい。


 柏木さんはそんな俺の瞳を見て、ため息を吐いた。


「……白状するよ。肥大症の新薬の日本での認可は私の悲願だ。実現したら死んでも悔いはないくらいにな。だから、お前が完治したら……私はとても嬉しい」


「あはは、じゃあ寝ている場合じゃないですね」


 柏木さんの本心を聞くことができて、俺の身体に力が入ってきた。

 どうやら、俺の身体が駄々をこねていた理由はこんな些細なことだったらしい。


 柏木さんも動き出した俺を見て驚く。


「こんな言葉で頑張れるのか? 私は自分の目的の為にお前を利用していると言っているようなモノなのに」


 柏木さんはそう言うが、きっと自分の為だけじゃない。


 俺が辛そうにトレーニングをしている時は泣きそうな表情をしていたこともやり遂げると凄く嬉しそうにしていることも知っている。


「きっと、いまいち実感が湧かなかったんですよ。顔も知らない大勢の為に頑張れなんて言われても……でも、柏木さんの為だったらきっと俺はまだ頑張れます」


 立ち上がる俺を見て、柏木さんは瞳を丸くした。


「そうか……うん」


 自分の目をこすると、柏木さんは俺に笑顔を向ける。


「頑張れ、山本」


「はい!」


 こうして、俺は何とか残りのトレーニングをやり切り、


 病気を完治させる準備を整えることができたのだった。


 ――――――――――――――

【業務連絡】

 明日はいつもより長いお話になります!

 第22話の後半を読み返しておくと良いかもしれません!


 楽しみにお待ちください!


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 引き続き、よろしくお願いいたします!

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