第36話 トレーニング開始


 ラジオ体操を終えると、今度はさらに俺の身体の柔軟を始めた。


「おい、私から身体を離すな。これは絶対に怪我をしないための大事な準備なんだぞ」


「……すみません」


 体操着の上に白衣を着た柏木さんは無自覚に俺に密着して、柔軟を手伝ってくれる。

 まだ走ってもないのに心拍数は爆上がりです。


「では、トレーニングを始めるぞ! やみくもに身体を動かせば良いわけじゃない。私の作成したメニューはちゃんと全身の脂肪から水分が抜けやすくなるように計算され尽くしている。走り込み以外にも、テニスのサーブ、野球のピッチング、水泳、ボクシング、卓球、指先まで使う為にバスケットのフリースローなんてのもある」


「全ての部活動の練習をするようなモノですね……。わざわざ、スポーツにするよりも単純にその部分を使う運動をした方が効率が良いんじゃないですか?」


「ダメだ。人間というのは達成感や上達、ある程度の『遊び』がないと飽きてしまうし、集中力を無くしてしまう。君には実際に全ての競技で上達してもらうことを目標としてトレーニングをしてもらうぞ。これはスポーツ工学に基づいた事実だ」


「うぅ、スポーツにはトラウマがあるんですが……」


 こうして、俺と柏木さんの3カ月間のトレーニングが始まった。


       ◇◇◇


 ――1週間。

 まだ俺の身体は悲鳴を上げていない。


「すみません、サンドバッグが壊れました……」


「……またか。君が殴っても大丈夫なモノを用意しよう、あればの話だが」


 ――2週間。

 今まで苦手だった運動がどんどん上達していく楽しさを感じる。

 努力するのを笑われたり、周りと比べなくて良い環境は俺にとっての救いだった。


「フリースロー、100本決まりました!」


「私の教え方が良いからだな。といっても、信頼のおける動画や文献を参考にしただけだが」


 ――3週間。

 柏木さんの言った通りだ。

 スポーツと絡めた運動は一人でもとても楽しく取り組める。


「今のお前の投球だが、スピードガンだと100は出てるな」


「おぉ! 100キロですか!? 凄い! 草野球くらいなら俺でもできるかもしれませんね!」


「……100マイルだ馬鹿」


「小さな声で何か言いましたか?」


 ――4週間。

 世間と比べると小さな達成に過ぎない。

 でも柏木さんがそばで一緒に喜んで、励ましてくれるから俺は努力が苦にならなかった。


「走り高跳び、1.2メートル跳べました!」


「やったな、小学6年生の平均越えだ。ほら、ご褒美のラムネシガレットをやろう」


「小学生……」


 ――2カ月。

 柏木さんも褒め方が上手くなってきて、最近は大げさな表現をするようになってきた。

 外国人はリアクションが大きいし、これもアメリカ流なのだろう。


「フリースロー、2000本決まりました!」


「お前はNBA選手でも目指しているのか? 今日の分はもう十分だ、次にいこう」



 柏木さんと一緒に俺のトレーニングは続いていく。

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