第30話 決意の表明

 とても辛い治療になる……。


 柏木さんにそう言われたが、俺は諦めるわけにはいかなかった。

 千絵理が俺を家に連れて行ってくれて、蓮司さんが俺に与えてくれたチャンスだ。

 絶対に無駄にはできない。


 そしてなにより――


「やるからには俺は完全にやり遂げたいです。蓮司さんから聞きましたが、今回俺が成功すれば日本でも薬の認可が下りるらしいじゃないですか。だったらそのためにも頑張りたいです」


 俺がそう言うと、柏木さんの瞳の色が変わったような気がした。


 なんていうか、疲れ果てているかのようなハイライトのない瞳に光が灯ったような――。


「……君はそんな気持ちで今回の治験に挑むのか?」

「えっ、何か変なこと言いましたかね?」


 柏木さんは首を横に振った。


「いいや、大層ご立派だと思ってね。肥大症なんて病気は理不尽の塊のようなモノだ。世間からは自身の不摂生が原因の『肥満』だと思われ、自業自得だと嘲笑されイジメの対象にされる。患者はみな自分の為に必死になるし、大抵は性格が歪んでしまうモノだから」


「た、確かにそれは分かります……俺も割とそういう人生を歩んできましたから」


「日本には差別がないと言われているがそれは大きな間違いだよ。外見至上主義ルッキズムという差別は世界中に蔓延している。むしろ単一民族国家の日本にとってはひと際大きな現象となっているんじゃないか? 違いを認める文化がないからこそ問題に気が付きにくい。少しでも何らかの形で問題提起をすることができれば――」


 そう言いかけると、柏木さんは悩ましげに頭を振った。


「話が逸れたな、私の悪い癖だ。話が長いのもな」


 柏木さんが何となく疲れているように見えるのは、今までの患者さんたちがみな肥大症のせいで性格に難があったからなのだろうか。

 俺が自暴自棄にならずに済んだのは彩夏がずっとそばで励まし続けてくれたおかげだろう。


「とにかく、これから治療が始まって、それがどんな結果であれ終了するまでお前はこの病院内での生活になる。飲食の分量、新陳代謝と運動強度など細かくデータを取らせてもらうから間食も外出も禁止だ」


「うへぇ……」


 こうして、俺のアメリカでの生活は、自由の国とはかけ離れた軟禁状態で開始されたのだった。

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