第27話 出国には精一杯の笑顔を

 ――出発日、当日。


「お兄ちゃ~ん! 早く早く~!」


 国際線のロビーでミカン色の綺麗なワンピースを身にまとった彩夏が俺を急かす。


 大きめのトランクをガラガラと引きながら俺はその後をついて行った。


 中身はほとんどが着替え、それと足代先輩に押し付けられ――有難くいただいた同人誌だ。

 流石に置いてはいけないのでお守り代わりに持ってきている。


「彩夏、そんなに慌てなくても出発の時間まではまだまだ余裕だぞ~?」


「お兄ちゃん、地球温暖化によって海面の上昇は深刻化しているの。早く行かないとアメリカ大陸が沈んじゃってるかも!」


「あはは、その場合は是非とも俺が到着する前に沈んでおいて欲しいな。いや、俺が着いたら重みで沈むかもしれんが」


 デブジョークを交えつつ妹と談笑する。


 空港に来るのが初めての彩夏にとっては目新しいモノだらけらしい。

 はしゃぎまわっては瞳を輝かせて色んな物を見て回っていた。


「欲しいモノがあったら何でも言っていいんだぞ~」


「えぇ~、でも高い物ばっかりだし……ほら、あのぬいぐるみなんて豚バラ肉300gが定価で買えちゃうよ!」


「いやいや、そんなの気にしなくていいから。遠慮なく大きいのをドーン!と言ってくれ」


「え~と、じゃあ飛行機が欲しい!」


「言っていいとは言ったが、買ってやるとは言ってないからな~」


「あっ、ずる~い!」


「お兄ちゃんを困らせようとするからだ」


 妹のふくれっ面を見て俺は笑う。


 急に何かを見つけた彩夏は俺の腕を強く引いた。


「あっ! ここでプリクラが撮れるんだってさ! お兄ちゃん、一緒に撮ろう撮ろう!」


「それは別にゲームセンターにもあるんじゃないか?」


「だって、お兄ちゃん一緒に行ってくれないじゃん! 一緒に出掛ける時はいつも人通りが少ない場所ばっかり!」


「彩夏、お兄ちゃんがお前と一緒に歩いてるとお巡りさんにマークされてしまうんだ……」


「そういえば、そうかも……」


 まぁ、こんなに醜悪な男と美少女が歩いていたら当然ですよね。

 お勤めご苦労様です。


 彩夏に腕を引っ張られてプリクラの中へ。

 最近のプリクラはとても大きい、部屋と呼んでも差し支えのないレベルだ。


「あはは! お兄ちゃんの変顔最高~!」

「そうだろ~? 彩夏はまだまだだな~、もっと腕を磨くが良い」


 プリクラを撮り終え、俺の渾身の変顔を見て彩夏はお腹を抱えて笑う。


 彩夏も変顔をしようと頑張っていたが、残念ながらどう足掻いても美少女だった。


「顔を見て笑われるのが嬉しい時がくるとはなぁ」

「お兄ちゃんを見て笑うやつがいたら私がやっつけるから任せて!」

「今、目の前にいるんですけど」


 彩夏は大切そうにプリクラをカバンにしまうと俺の腕に抱きついた。

 俺もプリクラを財布にしまって大切にする。


「この写真があれば、アメリカに居る1年間も寂しくなさそうだな」


 俺がそう言うと、彩夏は満面の笑みで俺に応えた。


「そうだね! 1年間――あっ」


 彩夏の瞳から不意に涙がこぼれる。


「あはは、違うのこれは……め、目にゴミが入っちゃって……!」


 顔は笑顔のままだが、彩夏の瞳からは涙が止まらなかった。

 きっと、ずっと我慢していたのだろう。


 俺はハンカチを取り出して彩夏に手渡す。


「彩夏。いいんだよ、強がらなくて」


「私、ダメな妹だね。本当はお兄ちゃんを笑顔で送り出そうって覚悟を決めて来たつもりだったんだけど……」


「大丈夫、彩夏の気持ちは伝わってる。きっと1年なんてあっという間だよ」


 彩夏は俺にギュッと抱き着いた。


 ずっと二人で生活してきたんだ、そりゃ寂しいよな。


「お兄ちゃん、気を付けて行ってね。藤咲さん、凄く良い人だし私のことは何も心配いらないから」


「おう! 1年後には俺もスリムな体型に生まれ変わって帰ってくるからな!」


「あはは! もしイケメンになってたら私、いっぱい甘えちゃお~かな~!」


「こ、心だけはイケメンってことで……!」


 全く自信のない俺はそう言って誤魔化す。


「え~、それじゃあ今と何も変わらないじゃ~ん! そうだ、帰ってきたらもう一度写真を撮ろ! 見比べるの!」


「そのハードルの上げ方をされた後に写真は残酷だろ~」


「私、それを持って高校の友達に自慢して回るんだから! 覚悟しておいて!」


「本当にやめてください。晒し上げだけは……!」


 出発時刻ギリギリまで空港のベンチで彩夏と2人でふざけ合った。


 本当はこのまま彩夏とずっと話をしていたい。

 そんな願望をどうにか断ち切って俺は立ち上がる。


「じゃあ……行ってくる」


「うん、お兄ちゃん」


 いつも、俺と歩く時は絶対に隣をついて回ろうとする彩夏がベンチからは立たなかった。


 その代わりに、迷いも不安も吹っ切れたような笑顔をくれた。



「――行ってらっしゃい」



 俺はアメリカへと飛び立った。


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