第26話 ライバル店の策略

 彩夏を預かって頂く話を始めると、藤咲さんは先ほどまでの不機嫌が噓みたいな笑顔になった。


「私の家はマンションの最上階だからな、山本の妹を預かる上でのセキュリティはバッチリだ! そうだ、帰ってきたら山本も一緒にウチで暮らすのはどうだ? 家賃が浮くぞ?」


「あはは~、さ、流石に女性の方の家に転がり込むわけには……」

「山本なら大丈夫だ、信頼しているからな。それに私としても――」


 カランカラーン!


 藤咲さんの話の途中で誰かが開店前のお店の正面入り口を開け放ち、入ってきた音がした。

 そして、同時に高笑いが聞こえてくる。


「おーほっほっほっ! ここが不摂生極まりない料理人が料理を作っているお店かしら!? せっかくミシュラン一つ星なんて不相応な栄誉を頂いたのに、これじゃあ台無しですわね~!」


 お店の奥から様子を見に駆けつけた俺と藤咲さんが目にしたのは、勝ち誇ったような表情で笑う縦ロールが特徴的な女性の姿だった。


 彼女は俺たちを見てさらにニヤリと笑う。


「あら~? あらあらあら~? 藤咲じゃない~? ここ、貴方のお店でしたの~? どうりで、飾り気のない地味なお店だと思いましたわ~! お隣にいるのが例の料理人ですのね~。見るだけで食欲も失せる、醜さですわ~!」


 言いたい放題なわざとらしい彼女の態度を見つつ、俺は藤咲さんに尋ねた。


「藤咲さん、お知り合いなんですか?」

「残念ながらな。こいつは私と一緒にフランスで修行していた料理人、倉持亜夢(くらもちあむ)だ。私と同じように日本から来ていて、私の先輩にあたる人だったが……」


 藤咲さんはため息を吐く。


「こいつは男漁りばっかりで全然料理の腕を上げなくてな、私の方が先に昇級して店を構えられるようになってしまったよ」


「シャラップ! お黙りなさい! 藤咲、どうせ貴方のことだからオーナーチーフに色目を使ったに決まっているわ! 私が声をかけるシェフの男どもはみんな貴方に夢中でしたから、きっと同じようにしたのでしょう!」


「馬鹿言うな、あれは私も困っていたんだ。料理と関係ない話や誘いばかりだったからな。毎晩、仕事を終えるとホテルの鍵を渡されて迷惑だったぞ。やめて欲しいと言っても聞かないしな」

「そ、それは凄まじいモテ方ですね……」

「なんて羨ましい……!」


 フランス修行時代の藤咲さんのお話を聞いて俺は納得する。

 やはり向こうでも通用してしまう美貌らしい。


「だからホテルの鍵は欲しがっていた飲み友達のキャンディーちゃんに渡してたんだ。キャンディーちゃんは筋骨隆々の男性だが心は可愛い肉食系の乙女でな、出会いを求めていたからきっと楽しい夜を過ごせたと思うぞ」


「えぇ……っと……それは……」

「ファッーク! あんたのせいで、みんなお尻を抑えて泣きながら料理を作ってたじゃない!」

「業務中、私のお尻も許可なく何度も触られていた。あいつらの尻も少しは痛い目をみるべきだろう?」


 藤咲さんは一切悪びれない様子で腕を組んだ。

 確かに、藤咲さんにセクハラをしていたのならそれくらいの痛い目は覚悟してもらわないと……少し可愛そうではあるけど。


 縦ロールの彼女、倉持さんは藤咲さんのモテ話を聞いて悔しそうにしていた表情を変え、再び余裕の笑みを見せた。


「ふふん、でも藤咲。貴方の活躍もここまでよ。なぜなら、貴方のお店のすぐそばに私もフレンチレストランをオープンするからね!」

「えぇ!? そんな、ライバル店じゃないですか!」

「倉持、お前の料理の技術はどうせ未熟なままだろう? 私の店に敵うとは思えないが?」


藤咲さんの発言に倉持さんは大笑いした。


「相変わらず職人気質で頭が固いのね、藤咲! 今やお客さんは味よりも情報を見てお店を訪れるの! ネットで調べた時に出てくる評価やお店の雰囲気、店員の顔ぶれを見てお客さんは足を運ぶのよ! ミシュラン1つ星は確かに凄いことだけれど、調べた時に出てくる雑誌の話題やそこのおデブちゃんの写真で入店は躊躇するはずよ!」


 確かに、倉持さんの言うことも一理あると思った。

 情報収集が容易な今どきのお客さんたちは過度に失敗を恐れている。

 ましてや高級フレンチだ、慎重にもなるだろう。


 さらに悪いことに藤咲さんを目当てに来た客は追い返された腹いせに『ラ・フォーニュ』のネットでの評価を荒らしまくっている。


 美人オーナーシェフとはかけ離れたイメージである俺の画像が週刊誌と共に目に入ったら新規のお客さんから入店するという選択肢は消されてしまうだろう。


「倉持、まさかお前が週刊誌に……?」

「さぁ~、何のことかしら~?」


 藤咲さんが睨みつけるも、倉持さんは涼しそうな表情で受け流した。


「それと、ウチはフランス人のイケメンシェフやウェイターを揃えているわ。本場の人が作っているならお客さんもこっちに来るわよね~」


「どうせ、料理の道を半ばで諦めたような奴らをお前がそそのかして連れてきたんだろう? そもそも、見た目や人種なんてどうでも良いことじゃないか」


「あはは、藤咲ってば本当に経営のことを何も知らないのね。あなた自身もビジュアルでお客さんを呼び込んでるくせに、無意識なのがタチ悪いわ。どう言葉で取り繕ってもこの世は外見至上主義、外面重視なのが現実よ」


 倉持さんは勝手にお店の席に座り、偉そうに足を組む。


「せっかくだから、少し教えてあげる。この辺りは女性向けブランドのアパレルショップが軒を連ねていて、有名な原宿系ファンシーショップもある。すぐ近くの名門女子大に通う女子大生も通る道だしね。つまり、多くの女性たちがイケメンを求めているのよ!」


 確かに、俺もそれは感じていたことだった。

 実際、ホストクラブのようなお店も近隣にでき始めている。

 この町は女性の繁華街となりつつあるのだ。


「まぁ、こんなことを言っても藤咲には分からないでしょうね。高級フランス料理なんて誰しもが常連になれるほどこの町の人たちには余裕がないの。ウチはウチのやり方でアンタの店をぶっ潰してやるわ!」


 倉持さんはそう言うと立ち上がり、お店の扉に手をかける。


「まぁ、一年後には結果は出ているでしょうし。精々楽しみにしておくことね」


 それだけ言い残すと、お店を出て行ってしまった。


 藤咲さんはエプロンを腰に巻きながらやれやれといった様子でため息を吐く。


「山本、出国前に変な奴に絡まれてしまったが君が気にすることはない。お店も山本が帰国した後、気兼ねなく復帰できるように私から根回しをしておくさ」


「そ、そうですか……」


「さぁ、今日のお店の準備を始めよう!」


 正直、倉持さん言っていた経営戦略は的を得ている部分もあると思う。

 時代は変わった、味を知ってもらうには情報を制する必要が出てきた。


 トレンドに敏感な若い女性が多いこの町で、職人気質な藤咲さんのお店では1年後に大ピンチを迎えてるのではないだろうか……なんて、俺は考えてしまったのだった。

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