第23話 留美との約束。その2

 悲痛な面持ちで俺の額を見つめる留美。


 子供の頃の話から、何とか楽しくなれる話題を探して俺は留美に語りかけた。


「それにしても懐かしいな、川遊びもそうだけど昔はよく一緒に遊んでた……といっても留美はそんなこと覚えてないと思うけどさ」

「…………」


 俺の話を聞いて、留美は突然立ち上がり勉強机の下に置いてあった金庫を開いた。


 その中からこのお洒落な部屋にはそぐわない、大きなおせんべいの缶の入れ物を取り出す。

 ようやく高級茶菓子なんて俺にはふさわしくないと気が付いたのだろうか。


 留美はテーブルの上にそれを置く。

 フタには幼くも可愛らしい文字で『たからもの』と書かれていた。

 しかしフタを開くと、中身はごちゃごちゃとしたガラクタだらけだった。


「……流伽。これ、覚えてる?」


 そう言って留美が中から取り出したのは小さな女の子の人形だった。


「あぁ、小学校に上がる前の縁日で、俺が輪投げで取った景品だ」

「流伽ったら、私が欲しくて泣いていたら自分のおこずかいが無くなっちゃうまで輪投げにチャレンジして取ってくれたのよね」

「そんなこともあったな~、留美はよく覚えてるな」


 人形を大切そうにテーブルに置くと、留美はまたガラクタたちの中に手を入れる。


「これは覚えてる?」


 次に取り出したのは、ダンボールと折り紙で作られた金メダルだった。

 首から下げられるように紐が付いていて『がんばったで賞』と汚い文字で書かれている。


「留美が運動会の駆けっこでビリになった後に俺が作ってやったメダルだな」

「私、今でもたまに着けてその姿を鏡で見るのよ。何かを頑張った特別な日にね」

「あはは、こんな不格好なメダル。今となっては恥ずかしいな」

「……私にとってはどんなネックレスよりも輝いているわ」


 ビー玉、メンコ、ベーゴマ、スーパーボール、ラムネ菓子の箱……


 その後も留美は他人から見ればガラクタにしか見えないようなモノを一つ一つ取り出して、俺たちにしか分からない思い出を語る。


 一緒に楽しく遊んでいたあの頃に戻れたかのようで、俺は留美と話しながら自然と心から笑顔になっていた。


 ――そして、その途中。

 留美の瞳から不意に涙がこぼれた。


「ど、どうした!? また俺、なにかやっちゃいました!?」


 咄嗟に俺の口から無自覚系最強主人公のような言葉が出る。


 留美は、涙を拭うと座っている俺の隣で急に土下座をした。


「わ、私……本当に流伽に沢山遊んでもらって、助けてもらって、なのに! なのに私……!」


 床に頭をつけて涙声を震わせながら留美は続ける。


「流伽と一緒に居るのが恥ずかしいって思っちゃったの! 流伽は何も悪くないのにっ! 私もみんなと一緒になって、悪口を言って、流伽を孤独にさせた!」

「留美……」


 俺は留美の懺悔を聞く。


「本当は、何度も謝ろうって! 昔みたいに仲良くなりたいって思ってたの! 今更許してもらえるなんて思わないけど、それでも何か話さなくちゃって!」


「だから、何度も実家の方に来てたのか」


「でも! いざ流伽を目の前にすると合わせる顔がなくて、私が流伽に話せる言葉は悪口以外何も出てこなくて! 今日も何も……その……とっさに他のみんなが流伽に取るような態度でしかいつも――」


「留美、仕方がないよ」


 これ以上、気持ちのすれ違いが起こる前に俺は留美の懺悔を止める。


「肥大症が酷くなるにつれて俺の顔や身体はどんどん醜く変わっていった。俺と仲良く遊んでくれていた幼馴染や友達、面倒を見てくれていた留美のお父さんやお母さん、お姉さんまで俺を気味悪がって罵倒し、全員距離を置いた」


 まだ床に頭をつけて顔を上げようとしないまま、留美は俺の話を聞いていた。


「――そんな状況で幼い留美が周囲に同調しないで生きていけるわけがないだろ? だからこそ、留美が周りと一緒になって俺と距離を取った時、俺は安心したんだ。留美は彩夏みたいに強くはないから」


「で、でも! 私のせいで流伽は傷ついた!」

「留美、今こうして沢山話してくれたことで俺は留美に傷つけられた分以上に嬉しいんだよ。むしろ結果としてはプラスだ」

「そんなに簡単に許されることじゃないわ!」

「なんでそれを留美が決めるんだ? 俺は許してる。俺の願いは今日みたいに二人っきりの時だけでいいから、また昔みたいに留美とは仲良くしたいってことだ」


 そう言うと、留美は呆気にとられる。

 そして、気が抜けたように長いため息を吐いた。


「はぁ~、本当に敵わないわ。実家で会った時も私の為に毎回美味しいご飯を作ってくるし、仕返しに毒でも入れてくれればもう少し私の心も楽だったのに」


「料理を食べた後だけは留美も小さい声で『美味しかった……』って言ってくれてたからな。むしろその為に俺は腕を振るってたぞ!」


「全く、私の気は晴れないままだけど。流伽が相手じゃどうしようもないわね」


 俺の願いを聞いて、留美は昔の口調に戻ってくれた。


 しかし、確かに少しくらいは仕返しをしても良いかもしれないと思った俺は、一つ意地悪を思いつく。


「そうだ、留美はこれ覚えてるか?」


 俺はそう言って、財布に入れていた小さなおもちゃの指輪を取り出した。

 それを目にした瞬間、留美の顔が真っ赤に染まる。


「ちょっと! な、なんで持ち歩いてるのよっ!?」

「俺にとっては宝物だしな。お守り代わりにしてるんだ」


 これは、小学1年生に上がった頃に留美が俺に渡してくれた指輪だ。


『留美と結婚してくださいっ!』


 バザーで買ったおもちゃの指輪を差し出して、意味もよく分かっていない留美のプロポーズを、当時の俺は喜んで承諾した。


「あんなの時効よ! 私が流伽を好きになることはないわ!」


「あはは、そんなの分かってるよ。俺も青春みたいなことは無理だって、もう諦めてるし」


「あ! そういう意味じゃないのよ!? ほら、流伽は私にとって友達みたいな存在だから! 変に意識させてギクシャクしちゃうのも楽しくないでしょ?」


 留美は気を使ってそうは言うけど、マトモな感覚をしていたら俺みたいなキモデブを男として見れるはずがないことは分かる。


「――でも……そうね! アメリカから帰ってきたらデートくらいはしてあげても良いわよ!」


「あはは、またこんな美少女と一緒に歩けるなら俺の方が土下座したいくらいだよ」


「ふふん、そうでしょ? だから、病気なんかさっさと治して帰ってきなさい! 待ってるから!」


 そう言った時の留美の表情は、俺が子供の時に守りたくてしょうがなかったあの笑顔のままだった――

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