第22話 留美との約束。その1

 ある初夏の休日の昼下がり。


「…………」

「…………」


 部屋の小さなテーブルを囲んで向かい合い、かれこれ10分以上――


 俺と留美るみはお互いに視線を逸らしつつ沈黙を保っていた。


(き、気まずい……)


 電車で3つ離れた駅にある永田家の次女、永田留美(ながたるみ)。

 俺の肥大症が深刻化した小学2年生の辺りから距離を置かれてしまい、約7年間はまともな会話をしたことがない。


 そんな相手に急に部屋に呼び出されて、どうするのが正解なのかなんて俺には分からなかった。


(俺から何か話題を切り出した方が良いのか……? 観察しろ、何か話題を……!)


 ヒントを探す為に俺は留美の部屋を見回す。

 良く片付いていて、ゴミ一つ落ちていないし何か凄く良い匂いがする。

 まさに女の子の部屋って感じで、可愛い小物入れやぬいぐるみが飾られている。


 彩夏は俺からのおこずかいが少ないせいでこういう可愛いモノを買うのも我慢してるんだろうなと思うと自分への情けなさで涙が出そうになった。

 落ち込んでいる場合ではない。


 留美はいつも通り、綺麗に染まった金髪とフリルをあしらった可愛らしい洋服が良く似合う。

 これは確実に学校でも話題の美少女だろう。


 昔、短い黒髪だった頃の留美は男の子と見分けがつかなくて、そのことを馬鹿にしてくるクソガキどもを俺が懲らしめていたのが懐かしい。

 それが今やこんな美少女になっているのだから、人の成長とは分からないモノである。


 ――結局、何を皮切りに会話を始めて良いのか分からず、俺は目の前に用意された高級そうなお菓子と紅茶を頂いて間を保たせていた。


「……紅茶、もう無くなったのね? ほら、カップを貸して。淹れてあげるわ」


 すると、ようやくイベントが発生して物語が進んだ。


 第一声が罵倒じゃないなんて、逆に怖いが……。


 床に注がれて「ほら、舐めなさい」なんて言われる可能性もあるので、俺は即座に床に這いつくばれるよう身構えつつ感謝を述べる。


「あ、ありがとう! あはは、凄く美味しい紅茶だからさ。ダージリンは特に好きなんだ」


 この機を逃すまいとすかさず話を広げると、留美は名画にでもなりそうな美しい所作で俺のカップに紅茶を注ぎながら返答してくれた。


「あら? 流伽が紅茶に詳しいなんて意外ね」

「部活の先輩(足代先輩)が色んな紅茶を飲ませてくれるからすっかり味を覚えちゃって」

「そう、素敵な先輩ね。私は淹れるのがあまり上手じゃないから比べないでね」

「大丈夫、凄く美味しいよ。それにこぼさないし……」


 話のキッカケをくれた足代先輩に感謝しつつ、なんてことのない会話をしながら俺は内心驚愕していた。


(俺の名前を呼んだ……だと?)


 覚えてたんだ……というか、普通に会話ができているのが奇跡である。

 まだ視線は合わせてくれないが、人類にとって大きな一歩だろう。


「…………」

「…………」


 しかし結局、またこの沈黙だ。


 困った俺は人差し指で額をポリポリかくと、留美が突然瞳を丸くして俺のその手を掴んだ。

 そして、呆気にとられている俺の髪をかき上げてため息を吐く。


「あの時の額の傷、やっぱり残っちゃってたのね……」

「――あっ」


 そして、バレてしまった。

 俺はおでこに小さな傷の跡がある。

 これは、小学1年生の時に川遊びをしていて流されてしまった留美を助けるために幼き頃の俺が必死に泳いで岩で深く切ってしまった時の傷だ。


 留美が気に病まないように一応隠していたんだが、額をかいた時に垣間見えてしまったらしい。


「……今更、俺なんかの顔に傷が残ろうと別に対して変わらんから気にすんな。この位置なら髪で隠れるし、ほとんど目立たない」


「あの時、流伽が助けてくれなかったら私は死んでたかもしれないわね」

「悪いな、怖い事を思い出させちまった。血もいっぱい見せちまったし」

「……なんで流伽が謝るのよ」


 幼いころのトラウマがまだ残っているのだろうか。

 留美は当時の恐怖を思い出しているかのような悲痛な面持ちで俺の額を見つめる。

 本当にすみません。


 こうして、地獄のようなお茶会は続いた。

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