第21話 妹に相談する


 蓮司さんから治療のご提案をいただいてから2日後。


 彩夏の中学校の中間テストが終わったので、いよいよ治験の話をすることにした。


 彩夏は俺たちが住む狭いアパートの居間に姿勢を正して座り、真剣に話を聞いてくれた。

 そして、わずかな葛藤の間を見せた後に微笑む。


「うん、私も治験を受けるのに賛成かな。1年間もお兄ちゃんと離れるのは寂しいけれど、お兄ちゃんの身体がこのままだと心臓とかも悪くなっちゃうだろうし」

「まぁ、その辺は大丈夫だろ。全く不調はないし」

「自分では分からないものだと思うよ。お兄ちゃんは自分の身体の事には無頓着なんだから!」


 彩夏は頬を膨らませて俺に抗議の視線を向けた。


「――あ! ということは、治療が終わればお兄ちゃんの腫れてない顔が見られるんだね!」

「そうなるな」

「私は別に今のお兄ちゃんも好きだけど、少し楽しみだなぁ。お兄ちゃんの素顔ってどんな感じなんだろうね?」

「想像もつかないな……俺にとっては腫れてる状態が普通なわけだし」

「とんでもないイケメンになったりして~!」

「おいおい、変にハードルを上げるのはやめてくれよ」

「えぇ~、大丈夫だよ! それに、どんな顔でも私はお兄ちゃんが大好きだから心配しないで!」

「あはは、それは心強いな」


 現実は非情である。

 劇的な変化が起こることは間違いないだろうが、俺なんて良くてモブ顔が関の山だろう。


 そんなどうでも良いことはともかく、最後に残った問題について考える。

 両親が居ない俺たちにとっての一番大きな問題だ。


「彩夏は一人になっちゃうから……親戚の誰かの所に行くか?」


 そう言うと、彩夏の表情が分かりやすく曇った。

 俺の前では笑顔を絶やさない彩夏の珍しい表情だ。


「お兄ちゃん、私……お兄ちゃんの悪口を言われたら手が出ちゃうかも。ていうか、多分出る」

「暴力はいかんぞ、暴力は」


 俺の親族は全員俺の事を煙たがっている。

 一方で彩夏のことは全員気に入っているのでお願いすればすんなりと話は通りそうだが……。


 会話の途中、親戚たちは何かしらにかこつけて俺の醜い姿を揶揄するのは想像に難くない。

 彩夏は自分の意思で俺と二人で生活しているのだが、親族たちは俺が彩夏をたぶらかしていると信じて疑っていないからだ。


 まぁ、彩夏も俺が一人になるのが可哀そうだから同情して一緒に居てくれているんだと思うけど……なんてことを言ったらまた彩夏に怒られそうだ。


「それとね……えっと、私の勘違いであって欲しいんだけど……」


 彩夏は言い出しづらそうに眉をひそめる。


「――私、従弟いとこたちにいやらしい目で見られているような……」

「……マジか」


 思わず絶句してしまったが、彩夏は世界一可愛いので可能性のない話ではない。

 彩夏は天真爛漫な性格だけど、そういうところは割と鋭く、電車で痴漢を何人も撃退している。


 そんな話を聞かされたら俺が彩夏を連れ去っているだなんて妄信されるのも納得がいく。


「う~ん、留美るみちゃんだけは良い子なんだけどなぁ……」

「――え?」


 永田留美(ながたるみ)。

 ついこの前も実家で暴言を吐かれた母方ははがたの弟の娘である。


「俺、顔を合わすたびにあいつに馬鹿にされるんだけど?」

「あはは、留美るみちゃんってば、まだそんな調子なんだ……」

「確かに、他の親族に比べると悪口はマイルドだけどな」

留美るみちゃん、お兄ちゃんが実家に帰ると良く同じタイミングで居るでしょ? あれ、実は私が留美るみちゃんに教えてあげてるんだ~」


 彩夏は何やらニヤニヤしてそう言った。

 留美るみがタイミングを合わせてわざわざ俺に会いに来ている、その意味を考える。


「もしかして留美るみって――」

「おっ? 気が付きましたか~?」

「そんなに俺に悪口を言いに来たいのか……!? どんだけ俺のことが嫌いなんだ!?」

「ズコー!」


 彩夏は古風なリアクションでズッコケる。


「違うよっ!」

「あっ! じゃあ、俺が作る料理を楽しみにしてるんだ! 実家に帰ったらいつも作ってやってるからな~」

「う~ん、とりあえずはそれでいっか……手料理を食べられるという意味ではそれもあるだろうし。そもそもこんな風に思われてるのも留美るみちゃんの自業自得だしね」

「……?」


 謎が解けない俺を置いてけぼりに、ウンウンと頷きながら彩夏は携帯電話を取り出した。


「じゃあ、今回の治験の件は私から留美るみちゃんに話しておくね」

「まぁ、あいつは別に興味ないだろうけどな~」


 ――翌日、俺は留美に自宅へと呼び出された。

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