第20話 拝啓、1年後の私たちへ
「うぅ~、かたじけない! 拙者、一生の不覚! とんだ恥さらしでござる! 穴があったら入りたい!」
「いえいえ、カッコ良かったですよ!」
「そ、そうだよ! 私、あんなことできないもん!」
「そうだな! それに、あいつは言い返せずに手を出したんだ。吉野、お前の勝ちだよ」
ジャージに履き替えた吉野先輩を励ましながら俺たちは帰り道を歩く。
「それにしても、『リングに立ってパンチを打ってる』か。吉野にそんな風に思ってもらえてたのはありがたいな」
「た、高峰部長の本は凄いです! 文章も柔らかくて凄く綺麗だし! あんなの気にしないでください!」
「そうです! いつか才能が陽の目を見る日が来ますよ!」
高峰部長は俺たちの言葉に感謝しつつ、大笑いして俺の肩に腕を回した。
「まぁ、次回作は絶対に売れるから大丈夫だ! なぁ、山本?」
「えっ!? あ、あはは、まぁそう……ですかね……?」
「あっ、そういえば二人でいつも何か打ち合わせしてるよね?」
「さては、何か策を講じておりますな?」
「あはは……じ、実はですね――」
隠していた訳ではないので、俺は白状することにした。
少し恥ずかしい話だけど……。
文芸部に入部した際、俺は「何か今までに書いたモノはあるか?」と高峰部長言われ、小学2年生の時からつけていた日記帳を手渡したのだ。
俺が『
とはいえ、酷い話だけじゃない。
その中には俺が感じた小さな幸せや見た目で差別をせずに手を貸してくれた人々への感謝も忘れぬように
それを全て読み終えた高峰部長がある日、俺を公園に呼び出し頭を下げてこう言ったのだった。
「この日記――いや、山本の人生を小説にさせて欲しい! 原作者は山本、俺が文章を書く!」
「ちょっと、待ってください! あれは、本当に俺が毎日の出来事や感じたことをその日に記しただけの代物で――」
当然、俺は困惑する。
あの日記は、俺が他に何かを書いた経験がなかったから苦し紛れに提出したにすぎないモノだったから。
「だからこそだ! 山本は何の目論見や忖度もなく『醜悪な姿である自分』の成長を当時の熱量をそのままに
高峰部長の興奮は相当なモノだった。
作品にすることで自分の人生にも意味が生まれるのであれば……。
これほど報われることはないと思った。
こうして、俺は高峰部長にお願いして部活の度に打ち合わせをしつつ出版社に持ち込む企画書をまとめている。
――という話をすると、足代先輩と吉野先輩は驚く。
「えぇ~、凄~い! 部長の新作、山本君が原作なの!?」
「これはたまげましたなぁ、ぜひとも読みたいでござる! 出版まではどれほどかかるのですかな?」
「俺がひいきにしてもらっている出版社に持ち込む予定だ。スムーズに企画が通れば半年後には作品になっているだろう」
「――あっ、でも大丈夫なんですか? 今思ったのですが、高峰部長は3年生だから受験が……」
嬉しいお話だが、素人の俺がただ書き綴っただけの文章を1冊の小説にするとなると、高峰部長の負担がかなり大きいだろう。
しかし、高峰部長は笑い飛ばす。
「あっはっはっ、心配無用。俺の第一志望である東京大学文学部は模試ですでにA+判定だ。それに、急ぐ人生ではないからな。浪人も悪くない」
「そ、そういえば、部長って凄く頭が良いんだった……!」
「拙者も歴史分野でしたら立ち向かえそうですが……流石は高峰氏! アッパレでござる!」
「あ、あはは……、高峰部長は少し生き方の規模が他の人と違いますね……」
そんな話をしながら、足代先輩をみんなで家まで送り届けると僕たちはそれぞれの家に帰った。
◇◇◇
――翌日。
文芸部のRINEグループに吉野先輩からメッセージが投下された。
「拙者の情報筋によると、昨日の佐山なる荒くれ者は右拳を骨折したようでござるぞ! 本人いわく、自転車で転倒したせいだとか! いやー、天罰は下るモノですな! 同時に、拙者の粗相の話もクラス中に広まっておりましたが……やはりどんな話も漏れてしまうモノですな! 尿だけに!」
全くへこたれていない吉野先輩の
「――それと、拙者にも目標ができましたぞ! 拙者もボクシングを始めるでござる! 拙者、高峰氏の名誉の為に立ち向かったのではありますがやはり力がなくては護れないと痛感した次第……! ということで地元のボクシングジムに通ってみるでござる! いずれは佐山殿とのリベンジマッチもできるかもしれないでござるな!(笑)」
リベンジマッチは冗談にしても、吉野先輩の行動力には驚かされた。
喧嘩で負けて、まさかそのままボクシングを始めてしまうとは……。
俺が帰ってくる一年後には、みんなどんな成長を遂げているのだろうか。
一抹の寂しさを感じつつも俺の胸は高鳴った。
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