第19話 陰キャ集団の文芸部。その2

 部活を終えると、鍵を職員室に返して文芸部のみんなで校舎の入り口へと向かう。

 

 薄暗い校舎内を談笑しながら部員の皆さんと歩く。

 俺の好きな時間の一つだ。


「みんな、お疲れ様~!」

「いや~、本日も充実した部活動でしたな~。と言っても拙者は歴史書を読んで楽しんでいただけでござるがwww」

「かまわんさ、文字を通して歴史に触れることも文芸の知識を深める。無駄なことなど何一つない。それに我が部のモットーはみんな楽しく! だからな!」

「いえいえ、すでに書籍を三冊も出版している高峰氏のように拙者も何か高い目標を持ちたいモノですな~!」

「あはは、部長の書く文章は本当に魅力的ですからね。俺も学ばせてもらってます」


「――おっ?」


 みんなで会話を楽しみながら廊下を曲がると、椅子で休んでいたガタイの良い男子生徒が俺の存在に気がつき声を上げる。


 ちょうど練習を終えたボクシング部のエース、佐山がマネージャーの3人のギャルたちに自分をうちわで扇がせているようだった。


 日頃から俺を殴ってイジメている佐山は俺を見て吹き出す。


「おいおい、豚男! お前部活なんか入ってたのかよ!」

「ウケる~www 何楽しそうにしてんだよ、ウゼーwww」

「高峰がいるってことは文芸部~?」

「うわ~、文学部ってマジで陰キャオタクみたいな奴しか居ないね~www」

「マジきめぇ~、生きてて恥ずかしくないのかなwww」


 そう言ってギャルたちとゲラゲラ笑う。

 

「ていうか、豚男なんかでも入れる部活なんてあったんだなwww」

「それな! 私だったら絶対に部活に入れないわ~」


 そうだ、彼女たちの言う通り。


 俺はこんな見た目のせいで入学式の部活勧誘ではあらゆる部活に見て見ぬフリをされた。


『――あの、よ、よかったら……文芸部とか興味ないかな……?』


 あの日、僕に声をかけてくれた足代あじろ先輩たちを除いては。


 その後の学校生活で、俺はこの文芸部という温かい空間にどれだけ救われたことか。

 俺なんかを入れてくれた足代先輩には本当に感謝している。


 ――そんな風に当時のことを思い返していると、足代先輩が俺の手を握って小さな声でこう言った。


「……山本君だからだよ」


 ギャルたちは足代先輩を睨みつける。


「はぁ?」

「や、山本君じゃなくて! 私は山本君入って欲しいって思ったの!」

「なんだこのブス? 前髪が長すぎて顔がほとんど見えねーんだけど」


 足代先輩の言葉に高峰部長も同調する。


「その通り! お気に入りの山本を我々に取られたからと言って、ひがむのはやめてもらおうか!」

「こいつまで、何言ってんだ?」

「こんなキモデブ、誰もいらねーっつーの」


 俺を擁護する部員の皆さんを見て面白くなくなってきたのか、今度は佐山が高峰部長を標的にし始めた。


「つーか、高峰が出した本。また全然売れなかったらしいなwww」


 その言葉を皮きりにギャルたちもニタニタとした笑顔で続いた。


「みんな言わないだけで思ってるよ、あんたには才能ないってwww」

「毎回爆死して、出版社もよくあんたのこと捨てないよね~www」


 そして、再び佐山は笑う。


「さっさと辞めた方が周りのためになるんじゃねぇか~? ぎゃはは!www」


 それを聞いた吉野先輩は眼鏡をキラリと光らせて佐山たちの前に立ちはだかった。


「おやおや、ボクシングをしているにも関わらず分からないのですかな? パンチを打たないと相手には当たらないのです。高峰氏は今、文芸という世界でリングに立って必死にパンチを打って戦っているのですよ。佐山殿が今までに打ったパンチは一発も外さずに全て当たっているのですかな?」


 その言葉で佐山は完全に頭にきたのだろう。

 一つ、大きなため息を吐くと吉野先輩を睨んだ。


「――チッ、確かにパンチは打たねぇと当たらねぇなぁ!」


 吉野先輩の言葉にキレた佐山は渾身のジャブを打った。


 鋭く風を切る音と共に吉野先輩の顔面目掛けて剛腕が唸る。


 ――バシィ!


 拳が肉を打ち付ける、乾いた音が鳴った。


「……おいおい、どういうことだよ」


 佐山の放った拳は、吉野先輩の目の前――

 俺の手のひらで止められていた。


「豚男……お前、どうやって俺のジャブを」


 何百発と見てこの身に受けてきたパンチだ。

 直前の動きでジャブを打つことが分かった俺は咄嗟に手を出していた。


 俺の手のひらに拳を打ちつけたまま、佐山は今度は俺を嘲笑した。


「そうだ、豚男。最近頭のおかしい女と付き合ってるらしいじゃねぇか。どんなブスか知らねぇが、俺がそいつを――」


 佐山の口から千絵理の話が出た瞬間、俺の心の中に今まで存在しなかった怒りの感情が湧いて出てきた。

 千絵理がこいつに指一本でも触れられたら、敵わないとは分かっていても俺は死に物狂いで立ち向かうだろう。


 意識せず、佐山の拳を掴んだ俺の手にもギリッと力が入る。


「――いっ!?」


「「きゃー!!!」」


 佐山が何やら表情を歪めた直後、佐山の周りのギャルたちも表情を歪めて突然悲鳴を上げた。

 視線の先を見ると、吉野先輩のズボンが濡れている。


「あば、あばば……」

 

 本当は怖かったのに無理をして啖呵を切っていたのだろう。

 佐山の拳が目の前で止められた瞬間に限界がきてしまったらしい。


 吉野先輩は立ったまま失禁してしまっていた。


 ギャルたちは阿鼻叫喚の大騒ぎだ。


「――ったく、や、やってられっか。山本の女なんかに興味ねーしな。俺たちはもう帰るぜ」


 佐山は明らかに狼狽えた表情で顔を青ざめさせる。


 それほどまでに吉野先輩にドン引きしたのだろう。


(た、助かった……。見逃してもらえた……吉野先輩には気の毒だけど)


 安心した俺の手から力が抜けると、佐山は拳を引き抜く。


「……一応、病院行っとくか」


 そんなことを呟くと、ギャルたちを連れてどこかへと行ってしまった。


 ――――――――――――――

【業務連絡】

 1年後への伏線が多く申し訳ございません!

 最大限に楽しめるよう、お付き合いいただけますと嬉しいです!

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