第24話 人は見た目で判断される


「――ふざけるな! そんなの間違ってる!」

「ですが、今はお店が盛り上がってきて大事な時期なんです! 藤咲さん、分かってください!」

「いいや! 分かってやるものか! 山本は私の大切な従業員だぞ!?」


 開店時間よりもいくらか早く、バイト先のフランス料理のお店『ラ・フォーニュ』に来ると、藤咲さんが言い争っている声が聞こえた。


 どうやらコンサルタントさんと一緒に店長室にいるらしい。


 開いたままの扉から藤咲さんは俺の姿を見つけて、気まずそうな表情をした。


「とにかく、私はその提案は受け入れられんからな。今日のところは帰ってくれ」

「……ぜひ、冷静になってもう一度お考え下さい。それでは……」


 コンサルタントの方々はそう言うとテーブルの上の資料をカバンに詰めて帰って行った。


「……藤咲さん、もしかして俺が原因なんですか?」


 聞こえてしまった会話に俺の名前が出てきていたので、尋ねないわけにもいかなかった。

 アメリカでの治験の相談は今日の営業が終わったらするつもりだ。


 藤咲さんは言い出しづらそうな表情で大きくため息を吐く。


「山本、このお店は世間で何と言われているか知っているか?」

「えっと、『若き天才シェフの一つ星フランス料理店』……ですよね?」


 藤咲さんは首を横に振って悔しそうに下唇を噛んだ。


「正確には『"美しすぎる"若き天才シェフの一つ星フランス料理店』だ。結局、私程度の腕では料理だけで評価はしてもらえないらしい」

「――で、でもミシュラン一つ星は確かな料理の腕があったからですよ! だからお店も繁盛しているんです!」


 俺のフォローに藤咲さんは感謝しつつ、力のない表情で笑った。


「ありがとう。開店まではまだ時間がある、山本がウチでアルバイトを始める前の話をしようか」


 そう言って、藤咲さんは俺に座るよう勧めた。


「……最初は私一人でお店を始めたんだ。お客さんは少なかったが、毎日丹精込めて料理を作っていたら数カ月でミシュランの一つ星をいただけることになった。嬉しかったよ」


 藤咲さんの腕なら二つ星くらいあげても良いんじゃないかと思いつつ、俺は静かに聞いていた。


「そうしたら、偉そうな美食家や評論家が来店するようになった。満足そうに食べていたはずなのに、女の私が作っていると知った途端に評価が渋くなったよ。修業時代にも味わったが生きづらい世の中だ」


 藤咲さんは苦笑する。


 恐らく、藤咲さんの麗しい見た目が評論家たちの職人のイメージからかけ離れていて高評価を出すのはプライドが許さなかったのだろう。

 藤咲さんは誰よりも料理に対して真面目に向き合っているのに……


 話を聞きながら俺も悔しくてつい拳を握ってしまった。


「そのせいで、雑誌の評価はガタ落ち。常連さんのみが残った。しかし繁盛しなくては経営は厳しい。私にもお店を大きくしたいという目標があるしな。それで、経営コンサルタントを雇ってアドバイスを受けてみることにしたんだ」


 俺が雇われた時には既にお店は繁盛していたので、知らない話だった。

 確かに、経営はまた別の能力が必要になる。


「コンサルタントは『藤咲シェフを"美しすぎるオーナーシェフ"としてメディアに出しましょう!』と言ってきてな。私はそんなの効果がないと思ったが……結果はまさかの大繁盛だ。すぐにアルバイトも雇えるようになった」


 コンサルタントさんの戦略は大正解だろう。

 藤咲さん自身はあまり自覚していないけど、本当に美人だ。

 女優としても十分やっていけるくらいに。


「ウチの店のアルバイトは美少女が多いだろう? それも結局は"美人シェフ"のイメージを崩さないようにコンサルタントが選んで採用しているんだ」


「え? で、でも姿を見ただけでどのアルバイトも不採用にされるような俺みたいなのを雇ってくれたのは――」


「山本は私の勝手な判断で採用した。握手をした時に、『いつも料理をしている人の手だ』と分かったしな。無論、大反対されたが押し切った」


「そ、そうだったんですか!? ありがとうございます、働ける場所がなくて本当に途方に暮れてました……」


「君を採用しようと思ったのはそれだけじゃないさ。君が面接で『料理で人を笑顔にしたい』と言った時、その真剣な瞳を見て私は失いかけていた情熱をまた思い出せたんだ。あのままだったら私は料理を本気でするのが馬鹿馬鹿しくなって腐っていただろう。感謝したいのはこっちさ」


 頭を下げる藤咲さんに、俺は慌ててもっと深く頭を下げて感謝を返す。


「それで……山本。先ほどコンサルタントと言い争っていた話に戻る」


 ついに本題に入るらしい。

 藤咲さんはまた大きくため息を吐いた。


「これは本当に馬鹿げた話だ。正直、山本にはコレを見せたくもない。だが、いずれは君の耳にも入ってしまうだろうから……」


 そう言って藤咲さんが見せてくれたのは今週発売のとある週刊誌だった。


 その表紙には店の裏口から出てくる目線の入った俺の写真と共にデカデカとこう書かれていた。



『厨房の奥に全身がむくんだ醜男!? 美人シェフはお飾りか!? こんな姿になってしまう不健康極まりない調味料の使用も!? 絶品一つ星料理には裏が!?』



 ――俺のせいで、藤咲さんが積み上げたモノが台無しになろうとしていたのだった。

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