不器用な恋は冒険譚の中に

タルト

恋愛相談とその結末

リーレイは、冒険者を生業としている少女である。

 薬草取りから魔物退治まで依頼を選ばずこなす彼女は、彼女の相棒たる少年のシュウとともに周囲の人から厚い信頼を寄せられている。



 ある日の午後、仕事を終えた彼女らは、暑さから逃げるように酒場に入り、冷たいジュースを呷っていた。

 ジュースの半分ほどが消えたときのことだった。

 リーレイは突然、シュウに質問を投げかけられる。


「なぁ、リーレイ。彼女ってどうやったらできる?」

「はぁぁ?急に何を言い出すのよ。あんた今まで彼女だなんて口にしたことなかったじゃない。」


 リーレイはシュウの発言に、本気で驚いた。

 シュウはかつて、恋をしたことがないと言い切っていたのだ。そのシュウが彼女の作り方を聞いてくるなど、寝耳に水だった。


「いやさあ、昨日結婚して子供がいる夢を見たんだよ。それで目が覚めてから改めて考えたんだけど、俺って何故か女っ気ないじゃん?俺も色恋沙汰のひとつやふたつしてもいい歳だよなーって考えたら、彼女が欲しくなったんだよ。......そこでお前に相談だ。俺の彼女作りに協力してくれ。」

「馬鹿じゃないの?そもそもあんた、好きな子はいるの?」

「んー......。いるにはいるな。ただ、その子は俺に興味なんてないっぽいんだよな。」

「......それじゃあ協力っていうのは、その子を振り向かせるためにあんたのことをアピールしてくれってこと?」

「まあ、そうなるな...。多分......。」


 歯切れ悪く返すシュウに、リーレイは大きくため息をついた。


「あんたがそんなヘタレだとは思わなかった。見損なったわ。男なら、どーんと真正面から行きなさいよ。たとえ失敗しても、慰めてあげるから安心しなさい!」

「いや、そうなりたくないから、お前に相談してるんだよ......。まあ、直球で行くってのは分かった。お前に愛想尽かされると困るしな。......まあ、それでだが、参考程度に聞かせてくれ。俺のいいところってなんだ?」

「あんたのいいところ?そうね......。」


 リーレイは、顎に手を当てて考え始める。少しの後、半分ほど残っていたジュースを一気に飲み干すと、口を開いた。


「まず、頼れるところかしら。普段は軽薄で一見すると頼りないけど、いざというときは機転が利くし、判断力もあるし、どんな仕事でも責任をもって最後までやり遂げる。私個人の意見になるけど、あんたのそういうところはとても格好良いと思うわよ。あとは、優しいところも外せないわね。私がミスをしても絶対に責めないし、それどころか励ましてくれる。時々その優しさが痛くなるときもあるけど、私は何度もあんたの優しさに救われたわ。...... 改めて、お礼を言うわ。ありがとう。......他には、そう、気配り上手よね。人混みを通るときに私がぶつからないように動きながら手を引いてくれるとか......。」


 リーレイはそこで言葉を切り、丁度運ばれてきたジュースを指差す。


「思えばこのおかわりジュースも、先輩たちのパーティを抜けてすぐの頃に、頃合いを見て運んで、ってあんたが頼んでくれたのが始まりだったわよね。寒いときに羽織るものを掛けてくれるし、重いものも嫌な顔ひとつせず持ってくれるし、急に体調を崩したときも看病してくれるし......。あんたは何気なくやってるのかもしれないけど、女の子はそういう気遣いができる人を好きになるわ。......どうかしたの?」

「いや......なんでもない。続けてくれ。」


 リーレイは急に頭を抱え始めたシュウを不思議に思うも、促されたことで再び口を開いた。


「他のいいところ......。シュウって、お金の使い方がきちんとしてるわよね。きちんと計画を立てるし、急な出費に備えて蓄えてる。とても冒険者とは思えない堅実さよ。冒険者を引退した後でも、あんたなら身を持ち崩すことはまずないでしょうね。そういうところも、頼りにしているわ。......ねぇ、本当になんであんたって女っ気がないの?」

「分からないからお前に聞いてるんだよ......。じゃあ、見た目はどうなんだ?なんか問題あるのか?」

「いえ、別に......。清潔感はあるし、顔も服も格好良いわよ。少なくとも、幻滅するようなことはないわ。」

「そ、そうか......。」

「ええ。......ねぇ、そもそもあんたの気になる子って誰なの?ここまでの良条件でもダメなんて......もしかして人妻?」

「そんなわけないだろ......。俺は人妻に手を出さねぇよ。その子のことは、その、秘密だ......。」

「はぁ?話してくれなきゃ、アドバイスのしようがないじゃないの。」

「それはそうなんだけどよ......。」

「どうしても、言えない?」


 シュウは無言で、首を縦に振った。


「......そう。まあいいわ。私だって、あんたに嫌な思いをさせたいわけじゃないしね。......そういえば夢で見たっていうあんたの結婚相手って誰だったのよ?」

「それはだな......ええと......。」

「......その子なの?」

「......おう。」


  再び頷くシュウに、リーレイはため息をつく。


「あんたがそんなになるなんてよっぽどね。......せめて、その子がどんな子なのかくらいは教えて欲しいわ。こうして話に付き合ってあげてるんだし。」

「うぐっ......。そ、そうだな。話すよ......。その子はだな、とにかく気が強い。美人なんだけど、それに釣られて声をかけた男がすぐに逃げ出すくらいにな。ことある事に俺を振り回すし、どんなときでも物をハッキリ言うから、ヒヤヒヤすることも少なくない。負けず嫌いでプライドが高いくせに、折れるときはすぐに折れちまう。」

「シュウ、それって......。」


 リーレイは、シュウの言ったことに当てはまる人物を考えていた。しかし、身近な人物に心当たりはない。そもそも、シュウの知り合いと呼べる人物の中で、気が強いと言えるのはたった1人しかいないのだから。

 選択肢は、とうに1つに絞られていたのだ。


「それって、まさか、私......なの?」

「あぁ。」

「嘘......。だって、私、いつもシュウには迷惑をかけてばかりだったから。だから、せめて、恋の邪魔だけはしないようにって、気持ちを押し殺して。あんたに似合う人がいたら、精一杯応援しようって......。」


 リーレイの目から、大粒の涙が溢れる。


「なんで?なんで私なのよ?わがままで、可愛げがなくて、めんどくさい女なのに。私なんかより、シュウにお似合いのいい子はいっぱいいるのに......。」

「確かに俺は、リーレイのわがままにいつも付き合わされてる。でも、お前がわがままを言うときって、いつも誰かを助けようとしたときだろ?前に勝手にゴブリン退治の依頼を受けてきたことがあったよな?あれは、お前がすぐに受けるって決めたから、攫われた子供は無事に家に帰ることができた。割に合わないからって誰も行こうとしなかった薬草取りの仕事も、お前がすぐに行くって決めてなかったら、あの病気の人は助からなかった。どっちの人も、リーレイが助けたんだ。俺だけだったら、できなかったことだ。......しかもお前はそれを当たり前にやってる。誇っても、誰も咎めないのにな。......俺は、そんな凄い子に惚れたんだ。たった1人の相棒にな。」

「......。」

「あと、可愛げはあるぞ。お前は真っ直ぐだけど、不器用だ。それでちょっとした失敗で落ち込んで、普段からは考えられないくらい弱気になる。......俺はそんなところも好きなんだ。それにお前は、気が強いけど、それ以上に思いやりに溢れてる。俺が悩んだら背中を押してくれるし、落ち込んだら励ましてくれる。......それはいいんだが、ちょっとばかし自己犠牲の精神が強すぎるきらいがある。もっと自分のことを大事にして欲しいってのが、俺の素直な気持ちだな。」


 シュウは一度深呼吸をすると、目を腫らしながら自身を見つめるリーレイに笑いかけた。


「まあ、とりあえずはこんなところだな。......さっきリーレイが俺のいいところを沢山言ってくれたけど、俺もそれに負けないくらいリーレイのいいところを言えるぞ。お望みなら、言えるだけ言うけど?」

「何、言ってるのよ、馬鹿みたい......。......ねぇ、本当に私でいいの?絶対にこれからもわがままに付き合わせちゃうわよ?」

「そんなことは承知の上だ。それでも、俺はリーレイがいい。......いや、違うな。リーレイじゃなきゃダメだ。」

「......ありがとう......。不束者だけど、これからもよろしく......。」

「あぁ。こちらこそ、よろしく。」


 シュウは立ち上がると、リーレイのもとへ向かい、彼女の肩に手を置いた。

 そして、抱き寄せようとしたところで、あることに気づいた。


 酒場にいる誰もが声を出すことすら忘れて、2人の行く末を眺めていたのだ。


「あっ......。」


 2人の頭が急速に冷える。


 そして2人は代金の支払いすら忘れ、逃げるように酒場を飛び出したのだった。



「なぁ......。」

「......なによ。」

「なんでもない......。」


 先程から何か言おうとしては押し黙るシュウに、リーレイはため息をついた。


「さっきはあんなに格好良かったのに......。」

「うるさいな。まさかあんなに見られてるとは思わなかったからな。」

「まあ、それはそうだけど......。......このあと、どうする?」

「どうしようか......。あっ、やべ、金払ってねぇ!」

「えぇ、それじゃすぐに戻らないと......。」

「いや、でも、事情は分かってるんだし、謝れば明日でも許してくれるだろ......。」

「......そうね。仕方ない、わよね......。」

「あぁ......。」


 リーレイは、酒場を出るときからずっと繋がれたままの左手を見る。力強く、それでいて痛くない絶妙な力加減は、シュウの気配りの上手さが為せる技だった。


「あ......。」


 リーレイは顔を上げると、思わず声を出し、立ち止まる。

 視線の先には、煌びやかな夕焼けがあった。


「綺麗だな......。」

「そうね......。」


 2人を照らす夕焼けは、素直になった彼らを祝福するように、美しく輝いていた。

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