第20話 明日来る憂鬱に溜息を

「ねえスーティア」


「ん? なんじゃ?」


 族長であるイシリアとの会話を終え、夕食と風呂も終えた後、何故かシオンの部屋に居座っているスーティアにシオンは声を掛ける。


「スーティアってさ、何かやりたいことってある? 好きなこととか」


 あまりにも漠然とした質問だ。しかし、スーティアを任されたシオンにとっては、非常に重要な内容だった。


 というのも、シオンはまだスーティアのことを知らない。何となく子供っぽいことは分かるがそれだけだ。何が好きで、何が嫌いで、どのように考えて、どのように感情を抱くのか。何もかもを知らなかったので、ふときいてみようと思ったのである。


「うむぅ……やりたいことかぁ……」


 可愛らしく首を傾げながらスーティアは考える。どうやらなかなか思いつかないようだ。しかしそれでも捻り出したみたいで、スーティアはおずおずと口を開いた。


「色々なところに行きたい……」


「それは何で?」


「儂は契約者で師匠の曾孫じゃから……将来は厄禍と森の為にある。だからずーっと森の中で生きてきて……飽きたのじゃ」


 その言葉を聞いてシオンは思いだす。確かスーティアと出会ったのはエルフの大森林ではないところだったな、と。いま思えばあれは大森林から脱走していたのか、とシオンは納得した。


「でも! やっとお主が来てくれたのじゃ! これで厄禍の討伐が終われば、儂は自由なのじゃ!」


「あー、確かにそうだね」


 シオン含め、契約者としての役目は厄禍の討伐。それが完遂されれば、あとは自由に生きることが出来る。


 更に、エルフの大森林の存在は救世主であるシオンのためにあるもの。既にシオンが訪れている以上、族長の曾孫としてのスーティアは必要ないも同然だった。


「なら早く厄禍を倒さないとね。先はかなり長いけど」


「む、そんなことを言うでない。やる気が下がるじゃろう」


「ごめんごめん。でも現実的に年単位の時間はかかるかな」


 まず全ての契約者を集めなければいけない。氷のシオン、風のスーティア、無の剣聖、確定ではないが火のシルフィーネ。あとは五人。正直なところ、シオンはかなり難航すると思っていた。


 なぜなら厄禍の存在を信じてもらえるとは思えないからだ。シオンは転生理由として、スーティアは代々、厄禍について理解があった。


 しかし他の契約者はそうではない。急に厄禍がどうのこうの、精霊武器がどうのこうの言われても、疑うことが先になるだろう。


「そういえば……スーティアは今後どうするの?」


「ん?」


「いや、俺はアルカデア王国に帰るんだけど……スーティアはどうするのかなって」


 アルカデア王国に帰るのは確定として、その後はおそらく契約者を集める旅に出ることになる。シオンとしては暗示の件があって、スーティアを連れていくつもりではあるが、本人の意思が重要だ。


 もちろん明日、暗示を解いたことによって意思が変わる可能性はある。だが、まずは現段階でどう思っているのか聞いておきたかった。


「どうするかって……お主に付いて行くに決まっておるじゃろ?」


「あ、そうなの?」


 当然のように言われてシオンは思わず呆ける。それを見たスーティアは呆れながら口を開いた。


「儂だって契約者じゃ。自分だけ何もしないのはあり得ない。それに……お主に付いて行けば森の外に出れるじゃろ?」


 ニッと歯を出しながらスーティアは笑う。


「うん……そうだね。確かにそうだ」


 スーティアの無垢な笑顔を見てシオンは心が痛んだ。


 明日、スーティアの暗示は解かれる。辛くて嫌な、狂ってしまうような記憶が戻るのだ。このような笑顔でいられるわけがない。


 だからだろうか。こんな言葉を口にしてしまったのは。


「スーティア。俺は君の味方だからね」


「……な、なんじゃお主……熱でも出たのか?」


 場違いで恥ずかしい言葉にスーティアは訝し気にたじろぐ。


「いや、平熱だよ。ま、さっきの言葉はあまり気にしないで」


「……うむ。そう言うならば気にしないが……」


 渋々納得するスーティアの向かいでシオンは溜息をついた。


(あー……嫌だな……)


 シオンにとってスーティアは知人だった。家族でなければ、親友でもない、友人でもない。優先順位では他人の一つ上の知人。だが、シオンはスーティアのことをただの知人だともう思えなかった。


 事情は色々と異なるとはいえ、幼い頃に両親を亡くしたという環境。同じ契約者であるという立場。そして子供のような無垢な笑顔。


 明日、スーティアがどうなってしまうかなんて見当もつかない。案外大丈夫かもしれないし、逆に取り乱してしまうかもしれない。これはスーティアの問題であり、シオンが介入できる部分は限りなく少ないのだろう。


 シルフィーネならばどうするか想像する。強気ながらも優しい彼女のことだ。自分のことのように考えて、悲しみ、涙を流し、寄り添い、怒るはずだ。


(シルフィーネは俺に救われたって思ってるみたいだけど……逆だよ)


 内心で呟く通り、逆だった。確かに、状況だけ見ればシルフィーネはシオンに救われたかもしれない。だが、シオンにまともな心を与えてくれたのは彼女だ。


 シオンは確かにシルフィーネによって救われていた。


「スーティア。もうそろそろ自分の部屋に戻ったら?」


 現実に意識を戻したシオンは本を読んでいるスーティアに声を掛ける。


「む……もうか?」


「夜も更けてるしね。それに……早く寝ないと身長が伸びないかもよ?」


「なに!? それは駄目じゃ!」


 ガバッと起き上がったスーティアはベッドから飛び降る。


「シオン! お休みなのじゃ!」


「お休みー」


 風の様に去っていったスーティア。広くなったように感じた部屋の中でシオンは一つ息を零す。いくら考えても、明日のことは予想できなかった。






――――――――――――――


こんにちは文月です。


カクコン用の新作を投稿しました。

良ければこちらも見て欲しいです。


内容としては、最近はやっているアフターストーリーという奴でしょうか。

詳しく言うと、魔王が討伐された後の話になります。

とはいえ、フ〇ーレンや誰が〇者を殺したか、とは全く違うのでご安心を。

今作は勇者になれなかった男が後始末をする物語です。


<勇者物語の後始末>

https://kakuyomu.jp/works/16817330666691560597

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白銀の魔術師〜転生したから魔術を極める〜 文月紲 @citrie

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