第19話 それは難しく繊細で +書籍化の発売の告知

 スーティアが部屋から出ていき、再び沈黙が場を満たす。一体全体、スーティアに聞かせることが出来ない話とは何なのか、シオンは疑問を抱いた。


「先に謝罪します。これは本来、シオン様には関係のない事です。ですが、聞いていただきたい事でもあります」


 イシリアは目を少し伏せながら言葉を止めた後、シオンの目を見て続けた。


「あの子……スーティアの両親は人族によって殺されています」


「……」


「もう少し詳しく言うならば……ここ、エルフの大森林に近い町の領主によって捕らえられ、殺されました」


 あまりにも重い事実。話しているイシリアは無表情だが、底では激しい怒りと憎しみの炎が燃え盛っているように見える。なにせスーティアの両親ということは、イシリアの孫だ。感情が人族より薄いと言われるエルフ族であっても、孫を殺されて怒りと憎しみを抱くのは普通だろう。


 シオンは納得して、同時に疑問も抱いた。というのも、スーティアの両親が人族に殺されたというならば、自分に対して普通に接することは出来ないはずだ。また、彼女は幼さが残っているので、そう簡単に割り切れることではないのではないか。このような疑問をシオンは抱き、見透かしたようにイシリアは口を開いた。


「スーティアには暗示をかけています。両親という存在に違和感を抱かない様な暗示を。あまり良くない事ではありますが、仕方がありませんでした」


「やっぱり精神的な面で……?」


「ええ。両親に関しての真実を知った時、あの子は悲観に暮れ、怒りに燃え、憎しみに囚われてしまいました。シオン様も見たでしょう? あの子は本来、無邪気で明るい子です。ですが、両親の件によって人が変わってしまったのです」


「だから暗示をかけたのですね。なるほど……理解できました」


 シオンはスーティアではない。故に彼女の気持ちを完全に理解することでは出来ない。だが、想像することは出来る。


 両親が殺された。しかもおそらく理不尽な理由で。仮に自分の両親が同じ目に遭ったら……多分、いや絶対に許さないだろう。いくら時間をかけたとしても、必ずやり返す。シオンは久しく会っていない両親の顔を思い浮かべながら考えた。


「それで……俺に話した理由は何でしょうか」


 嫌な気分を一旦置いといて、シオンは尋ねる。イシリアが最初に言っていた通り、これはシオンには関係のないことだ。しかしイシリアはシオンに話した。何か理由があるはずだった。


「私はいつかスーティアの暗示を解かなければいけないと思っていました。暗示も永久的なものではなく、いつか綻びが生まれるもの。その時にスーティアが取り乱すことを避けるために、しっかりと目を向ける必要があるからです」


 膝に置いた両手を握りしめながら続ける。


「これはお願いです。断っても構いません」


 イシリアとシオンの目線が交錯する。


「シオン様。スーティアに寄り添っていただけないでしょうか。あの子の暗示を解いた時、傍にいて支えてもらえないでしょうか」


 それは族長としてではなく、一人の曾祖母としての願い。悲劇の渦中に居る曾孫を思ったゆえのものだった。


「一つ、聞いても良いですか?」


「はい。何でもお尋ねください」


 沈黙を破るシオンの言葉。イシリアとしてはシオンに隠すことは何もなかった。


「なぜ、俺を選んだのですか。これはかなり繊細で難しいものです。俺が救世主とはいえ、スーティアにとっては無関係の人間です。寄り添うのは俺ではなく、イシリアさん……あながた適任のはずですが」


 両親が殺された子供に寄り添う。これは部外者が淫らに介入してはいけないのは明らかだ。更にはシオンはスーティアの両親を殺した人族なのだ。シオンとしては自分ではなく、スーティアと深い関係があるイシリアが寄り添うものだと思っていた。


「なにも私はシオン様が救世主だからお願いしたわけではありません。先ほど、シオン様に正義に関して問わせていただきました。そこで私は確信したのです。シオン様ならば大丈夫だと」


 イシリアの言葉にシオンは少しだけ目を見張る。かなり予想外であり、同時に腑に落ちるものだったからだ。


「私はスーティアの家族です。どうしてもその場で楽になるように接してしまう。しかしそれでは本当の意味であの子の為にはならない。だからシオン様にお願いしたのです。正しく優しいシオン様に」


 シオンは思わず息を吐いて目を瞑った。なぜなら荷が重いと感じたからだ。人が抱える闇は一歩間違えれば破裂してしまう。非常に難しく、非常に繊細なもの。何気なく触れていいものではない。関わるならば、最後まで付き合う覚悟を持たないといけないものなのである。


 スーティアはシオンにとって知人だ。まだ友人ではなく、ただの知人。自分が大切にする人達の輪には入っていない。つまり、最後まで寄り添うための覚悟を持つには不足の人間だった。


 だが、シオンはスーティアにある種の親近感を抱いていた。というのも、事情が異なるとはいえ、シオンも前世では物心つく前に両親を失ったからだ。事故で失ったのと、殺されて失ったのとでは心の持ちようは大きく違うのは確かである。しかし両親を失ったのは同じだ。


 そしてもう一つ。シオンはもう少し人と関わろうと考えていた。この考えは昔からあったのだが、よりしっかりと考えるようになったのはグスタフと再会したからである。家族や友人、近しい人を優先するのは当たり前とはいえ、それ以外の人のことも考えようということだ。


 よってシオンは決めた。


「正しく優しいというのは置いといて……わかりました。イシリアさんのお願いを受けます。スーティアのことは責任を持って支えます」


「……っ、ありがとうございます」


 イシリアは深く頭を下げる。体裁ではなく、本当に感謝していることが声色から理解できた。まあシオンとしては居心地は悪いが。


「いつ暗示を解きますか?」


「……明日にしましょう。厄禍の件があります。長引かせてしまったら元も子もありませんから」


「わかりました」


 あくまで最も重要なのは厄禍だ。スーティアの事情はおまけに過ぎない。ただ、イシリアもシオンも軽視はしていなかった。なにせスーティアは契約者の一人だ。欠かすことが出来ない人材である。それに一人の人間としてどうにかしてやりたい。救うと言うのは上から目線なので、どうにかするというのがピッタリだった。


「では今日はこのくらいで」


「はい。本当にありがとうございます。そして……よろしくお願いします」


 シオンは部屋を出て、元居た部屋に戻る。山積みの問題を前に、深く息を吐いて目を瞑るのだった。







――――――――――――――


お久しぶりです。

X(旧Twitter)でも告知しましたが、本日をもってこの作品『白銀の魔術師』がTOブックスさまより発売されました。

これは読者の皆様のお陰です。

本当にありがとうございます。

(表紙は近況ノートに乗せています)


また、更新頻度が凄く遅くて申し訳ございません。

もう少ししたら色々と片付くので、最低は週に一度は更新できるようになると思います。


この作品は最後まで書き切るので、今後ともよろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る