第18話 多角的視点と重い話

「そういうことでしたか……」


 沈黙で満ちる部屋にシオンはポツリと零す。


 本に書かれていた内容、教会で聞いた話、どちらも史実ではなかった。


 しかし、いま聞いた話を踏まえると、仕方がないように思える。世界を滅ぼそうとしていた集団の構成員が魔族なのだ。先の危険性を排除するためならば、一種族が迫害されようが関係ない。


 世界と魔族。天秤にかけるまでもなく、世界の方が重要だ。感情を抜きにした合理的思考だと、女神の使徒の行いは正しかった。


「理不尽だと思いますか?」


 イシリアはシオンに尋ねる。


 単純な問いなのか。何か意図がある問いなのか。人生の経験値が違い過ぎるので、シオンには分からなかった。だが、別にどうってことない。思ったままを言えばいいだけだ。


「そうですね……理不尽だと思います。魔族全体が悪だと風評するのではなく、一部の魔族によるものだと言えばよかった。結局、歴史というのは都合のいいように作られるのか……と、いうのが主観だけの時です」


「主観……?」


 シオンの最後の言葉にイシリアは眉を僅かに上げた。背後にいるスーティアも、興味深そうに耳を傾けている。シオンは斜め上に目線を向けながら少し考え、再び口を開いた。


「何でもそうですが……事情というものが存在します。ヒト族側の事情、魔族側の事情。今回はヒト族の事情が世界の平穏を考えたら優先された。それだけです。後は単純に数の差でしょう」


 声の数が多い方が真実になる。それも都合が良ければ良いほど。まさに今回の話のことだ。所詮はそんなものである。


「俺は当事者じゃないから魔族に同情することが出来ます。しかし……その時代を生きていたら……家族を魔族に殺されていたら……また違ったでしょう」


 シオンはゆっくり瞬きをして考える。


 自分の家族が魔族に殺されたら。更には、シルフィーネが魔族に殺されたら。どう思うのだろうか。おそらくシオンは魔族に怒り、魔族を恨み、憎しみを抱くだろう。


「個人的な感情を抜きにして考えると……正直、救済の教団もある意味では正しいと思います。妬みや僻み、怒りや憎しみ……最大の罪は戦争でしょうか。人間は世界に不要だという考えは何となく分かるんです」


 シオンは少し前まで実際に戦争の最中にいた。


 様々な感情が渦巻き、理不尽に人が死んでいく。慣れると人を数として捉え始めてしまう。自己暗示しなければ正気を保っていられない。


 これほどまでに恐ろしい場所はなかった。


「とはいえ、俺には大切な人がいます。運が良いことに、誰もがこの世界で生きています。だから救済の教団と対立するでしょう」


 シオンは大切な人の顔を脳裏に映す。父、母、二人の兄。カイゼル、マリナ、フィオナ……そしてシルフィーネ。


 彼らがいるからこそ、シオンは彼らが生きている世界を守ろうとする。世界を滅ぼそうとしている救済の教団とは真逆だ。


「結局、人の数だけ真実と正義があります。これはどうしもうもありません。だから大切なのは、自分と対立する人の事情は理解する。真実と正義も理解する。その上で、自分の真実と正義を曲げない。ということだと俺は思っています」


 種族関係なく人間には感情がある。いくら理性があるとはいえ、奥底に眠るのはただの感情と欲望だ。故に、争ったり憎み合ったすることは、未来永劫に消えない。


 それに絶望したのが救済の教団なのだろう。人を失い、明日を失い、未来を失い、希望を失った。


「なので色々と総合したら……まあ仕方がないよね、そんなもんだよね、というのが俺の感想です」


 散々と語った割にはえらく軽い感想だ。後ろで聞いていたスーティアも間抜けな表情をしている。だが、イシリアは違った。


「なるほど……達観していますね」


「そうなんですかね? 割り切って考えればこんなものだと思いますけど……」


「ふふっ、それを達観していると言うんですよ」


 首を傾げるシオンにイシリアは微笑む。


 齢三百を超えるイシリアが達観していると言ったのだ。自分は達観しているのだろうとシオンは思った。


「自覚されていないと思いますが、シオン様は救世主に相応しい人格を有していますよ。正に私たちが待ち望んでいたお方です」


「……俺には物語の主人公のような正義感はありませんけど」


 シオンには、顔も知らない人の為や世界平和の為といったような考えはない。あくまでも自分の大切な人を守りたいから、という利己的な考えだ。


 一方、物語の主人公などは違う。彼らは顔も知らない人たちの為に、命を懸けたりしている。自分に利益がないのに。良く分からない正義感だけで。


 シオンからしてみれば馬鹿な奴らだという認識であり、輝かしい奴らという認識でもあった。


「別に正義感なんていりません。必要なのは結果です」


 シオンの疑問にイシリアは答える。


「更に言えば……正義感ほど危ないものはありません。正義感に溢れるがゆえに、暴走してしまう。よくある話です」


 それにはシオンも覚えがあった。


 正義感に溢れる人に限って、周囲の意見を聞こうとしない。ある意味、敵よりも厄介な存在である。


「言ってしまえば正義感はただの感情でしかありません。それなのに人々は神聖視して、高尚なものとして扱う。だから私は正義感に溢れる方は苦手です」


 イシリアは冗談を言うように少し笑う。だが、シオンには冗談ではなく本音だということが良く分かった。


 なにせ三百年以上も生きているのだ。何度も正義感に溢れる人間を見てきたのだろう。そして歪さを目の当たりにしてきた。


「ということで、私にとってシオン様は最善の人物なのです」


 イシリアは柔和な笑みを浮かべる。


「それならいいのですが……。まあ、やらねばならないことは完遂しますよ」


「頼もしいです」


 どのように思われようが、シオンにとっては些事に過ぎない。イシリアが言ったように、厄禍を消し去るのが至上命題だからだ。


「では話を戻して……シオン様には全ての契約者を集めてもらう必要があります」


「はい」


 話と共に空気も変わり、シオンは少しだけ崩れた姿勢を戻す。


「基本的には、共鳴を使って地道に集めてもらうしかありません。ご負担をかけてしまいますが、よろしくお願いします」


「もちろんです。それが俺のやるべきことですから」


 前世で転生を承諾したのは他の誰でもないシオンだ。責任の所在はシオンにあり、必ず成功させなければいけなかった。


「集める道筋についてですが……その前に」


 イシリアは言葉を止めて、部屋の後ろに座っていたスーティアに目を向ける。


「スーティア。あなたは部屋から出なさい」


「え……?」


「ここからはあなたが聞いてはいけないことです」


 急に出ていけと言われたスーティアはしばしの間、呆然としていた。


 しかし数秒後、理解したのかすぐに立ち上がって扉を開ける。


「失礼します」


 そして挨拶を忘れずに、部屋から出ていった。


 姫であり契約者でもあるスーティアに聞かせられない話。それは一体何なのか、シオンは気になった。


「すみませんシオン様」


「いえ……スーティアに聞かせられない話とは……?」


 シオンの問いにイシリアは口を開く。


「これから話すのはあの子のことについてです」


 重苦しい空気が部屋に満ちる。


 まだ話は始まったばかりだった。






 


―――――――――――――――――――


一か月ぶりの更新です!

本当にお待たせしました……。


万が一にもエタることは無いのでご安心ください……。

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