夜の顔

尾八原ジュージ

夜の顔

 誰かに呼ばれた気がして、私はカーテンが開けっ放しの掃き出し窓から外を眺めた。

「あ」

 私の声に、恋人が「どうした? 蛍でもいた?」と応える。このアパートは川が近いから、夏は稀に蛍が飛ぶらしい。

「木星」

 私は思わずそう口走った。とっさにそれが頭に浮かんだのだ。恋人が「なに?」と尋ねる。

「もし月がある場所に木星があったらって画像、見たことない?」

「うーん、ちょっとわかんないな」

「木星の方が断然大きいから、月の位置に来るとすごいのね。地平線の向こうが埋め尽くされるくらいに見えるの。それを思い出しちゃって」

「ふぅん」

 恋人は優しい瞳で私を見つめ、ジンジャーエールのグラスをふたつテーブルに置きながら、「君は夜みたいなひとだね」と言った。

「わからないな。抽象的すぎて」

「静かで、ざわざわして、思いもよらないところから意外なものが飛び出してくる」

「やっぱりわからない」

 そうやって切り捨てた私の顔を、恋人はかわいいと言って笑った。

「でも、今夜は月も見えないね。曇り空だ」

「ねぇ、そろそろカーテン閉めない? 星や蛍が見えるわけでもないし」

「そうだね」

 恋人がカーテンを閉める。

 私は彼の鈍感なところが好きだ。

 彼にはどうやら、掃き出し窓から覗いていた、窓を埋め尽くすほど大きな顔が見えないらしい。巨大な瞳がカーテンの向こうに消えて、私はほっと溜息をつく。

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夜の顔 尾八原ジュージ @zi-yon

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