最終話


 その日、一人で見上げた空はどこまでも青く澄み渡っていた。


 私は短く切られた髪を弄りながら、門をくぐる。今日は私の出所日だ。


 結局私は七年間この塀の中で生活していた。人を一人殺したというのに、たった七年で出てこれたのは、殺害の背景にいじめが有ったことと、私が当時未成年だったからだ。


不思議な話だが、私がいくらトウコのいじめと殺害動機に関連性がないと主張しても、友人が罪悪感を感じないように嘘の証言をしていると周囲が美談に仕立て上げた。


 しかし、法的に罪を償ったとしても、周囲が私を許した事にはならない。家族からは絶縁を宣言され、帰る場所は無い。高校も中退した形なので、学歴は中卒扱い。職業訓練は受けていたが、前科者でまともな学の無い私に真っ当な仕事が与えられる訳が無い。そんな状態で放り出されても、一体どうやって生きていけと言うのだろう?


「おかえりなさい、ツムギさん」


 塀の外で茫然と真夏の暑さに焼かれていた私に、日傘をさした長い髪の女性が声をかけてきた。昔から美人だとは思っていたが、どこか陰りと儚さを感じさせる大人の女性になったものだ。


「……ただいま、トウコ」


 家族でさえも離れていった私の事を、最後まで見捨てなかったのはトウコだけだった。彼女も何かしらの罪に問われるのかと思っていたが、事情聴取だけで解放されたらしい。私はしばらくの間、トウコの家に厄介になる事になっていた。いわゆる、身元引受人だ。


「それじゃあ、行きましょう。随分と待たされたけれど、昨日の約束を守ってもらうわ」


「昨日の約束って……もう七年も前の約束じゃない」


「……私にとって、あの日から時間が止ったようなものよ。だから、昨日の約束。これからは、ずっと一緒よ。逃げられるなんて思わない事ね」


「あはは。あいにく、もう逃げる事には懲り懲りなものでね。……しばらくの間、お世話になります」


 私はトウコに連れられて、真夏のアスファルトを踏みしめる。


 かつて私は罪を犯した。そして、社会のルールに従い法で裁かれた。刑務所では模範囚で通って来たが、果たして私は更生できたのだろうか。


 自分ではその自身が持てなかった。前田さんには悪い事をしたなとは思っているが、あの時の私は衝動のままに殺人を試してみるしかなかったとも考えている。そして、あの時の私はトウコをも殺そうという発想も持っていた。


 いつかあの時と同じ衝動が芽生える事があるのだろうか。その時、私はトウコを手放す事ができるのだろうか。これからはあの一晩とは比べ物にならないほどの時間を、トウコと共に過ごす事になる。


 未来の事は分からない。けれども、案外物事とは悪い方向にばかり転がるものではない。私がこうしてトウコと共に道を歩けているのが、何よりの証拠だ。


 セミの音がけたたましく鳴り響く。真夏の陽炎はかつての二人を映し出し、灼熱に焼けたアスファルトには狂気と熱気が染み広がる。


 その日、二人で見上げた空はどこまでも青く澄み渡っていた。

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逃亡少女と昨日の約束 秋村 和霞 @nodoka_akimura

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