〜1章完結話〜 元諜報員は『冒険者』になる
「ソ、ソラ……、『ぼうけんしゃ』になれた? ベイル様の役に立てた? パパの『瞳』を見つけれる……?」
小さく震えながら、俺の肩に顔を埋めるソラの言葉に胸がキュッとする。
「大丈夫。ソラはとっても偉いよ? お父さんの瞳も一緒に探そうな……」
俺はソラの小さな背中をさすりながら、落ち着かせるように言葉を紡いだ。ソラは俺の首に回した腕にギュッと力を込めた。
ソラが居てくれなかったら、俺は今でも「恥ずかしいッ……!」と情けない事を言っていただろう。ソラからの信頼の眼差しと屈託のない笑顔がなければ、心を上手く落ち着ける事はできなかった。
「ありがとう、ソラ。ソラが側で笑ってくれてるだけで、俺は随分と救われたよ?」
俺も少しギュッと力を込めると、ソラは「ふふっ、ベイル様、だぁい好き!」と俺の耳元で呟いた。
未だに姿を見せないブライアンに首を傾げながら、マスクを装着し、ピキッと固まっているリュカに声をかける。
「リュカ! すごい『風の矢』とコントロールだった! これで15階層攻略達成だぞ?」
リュカは俺の声にピクッと反応すると、少し苦笑を浮かべながらこちらに歩み寄ってくる。
「べ、ベイルさん。い、今のはなんですか?」
「……」
「『光』が爆発して、あんなに大きな顔が弾け飛んで、そのまま……。こ、こんな事、本当に『人間』に可能なんでしょうか……」
リュカの引き攣った笑みに、ドクンッドクンッと心臓が脈打ち始める。
(……も、もう【百面相】だと伝えるか? どうする?)
リュカとソラになら伝えてもいいが、ここにはブライアンもいる。ぶっ飛んだギフトだと知れ渡り、一気に担ぎ上げられるのは勘弁して欲しい。
それにギルドからの追手には俺のギフトは知られている。2人を俺の問題に巻き込まないためにも、【百面相】の事は秘匿しておいた方が……。
俺は素早く頭を回転させ、最適解を探る。
ここにきて「ギフト複数持ちじゃない!」は通じない。少し本当の事を混ぜるのには嘘の基本だ。
(適当なギフトをでっち上げ、信じ込ませて……)
思考を進めていると、小さく首を傾げたリュカと目が合う。その綺麗な翡翠の瞳には汚れがなく、俺の事を慕ってくれているのが伝わってくる。
その瞳に俺の身体の奥底に染み付いている「嘘を吐くことに一切の抵抗のない自分」に気付かされる。諜報員(スパイ)として生きてきた自分に欠落している物を実感する。
『嘘』はその場しのぎの物にしかならない。潜入時のようにその場限りの関係ではないんだ。これからの俺は……、『冒険者』なんだから……。
俺は「ふっ」と小さく笑うと、リュカは少し照れたように視線を外し頬を染めた。
「……リュカ、また今度教えてあげる」
『また今度』
そう言える事が何だが心地いい。『また』があるのだから結論を急がず先延ばしにする事だって決して間違いではないはずだ。
「は、はい……!!」
リュカは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
モワァアア……
強烈すぎる気配にソラは耳をピクッとさせ、リュカは慌てて弓を構える。
(……ブライアン。も、文句はないんだろ?)
俺の頭には先程の『虚偽報告』がチラつく。大きな減点である事は間違いない『失態』に少しばかり緊張しながらも、試験合格の条件をクリアしたことを盾に心の中で『合格だ』と言ってくれる事を求めた。
姿を現したのがブライアンだとわかると、リュカは即座に俺の前での緩んだ表情から『カッコいい』表情を変化させ、ソラは即座に緊張を解き、また俺の肩に顔を埋めた。
「……な、名前は?」
ブライアンは少し顔を引き攣らせ、俺の瞳を真っ直ぐに見つめる。発作のように心臓が激しく鳴り始めるが、俺もしっかりと見つめ返し口を開く。
「ベイル。……ベイル・カルナ……」
「……そうか。『カルナ』か……」
ブライアンは小さく呟き少し視線を落とす。その反応は困惑、焦燥、落胆を感じさせる。
(『カルナ』……?)
言葉の端から冷静に分析を開始しようとするが、俺にはそれよりも重大な事がある。
「……お、俺達は、」
「ギフトを複数持っているのか?」
ブライアンは俺の言葉を遮ると、「あ、悪い!」と言葉を付け足した。地上で見た印象よりも、随分と落ち着いているような感じだ。
『何か』を思考しながら言葉を発している。
(『合格』か『不合格』を決めかけているのかッ!? くっ……2人を巻き添えにはできない!!)
俺はゴクリと息を飲み心臓を必死に落ち着かせる。
「そ、その前に……『黒炎の方舟(アーク)』の件。『虚偽』を報告した事は本当に申し訳なかったです。すべては俺の独断です……!! で、でも、このエルフ『リュカ・ユグラシア』は試験を続行し、15階層まで到達した。それはリュカの心の強さの証明とは言えないですか?」
俺はリュカの頭に優しく触れ、ソラを抱く手に力を込める。これは俺の失態なのだ。せめて2人だけでも合格に足る力を持っていると伝えないといけない。
「……ん? 何を……?」
「それにこの子、『ソラ・アイシュガル』。あの見事な【青焔】を見たでしょう? 才能と伸びしろを考えるとここで『不合格』などあり得ない!」
「ちょ、ちょっと、」
「『エルフの保護』も依頼し、迅速な事後処理に混乱を招いたかもしれませんが、悪いのは俺です!! この2人だけでも『合格』をッ!!」
ブライアンとソラは俺の顔を見つめ、キョトンとするが、リュカはみるみる顔を青くしていく。
「ベイルさんが悪い事など1つもありません!! 僕が無理矢理ベイルさんについて行ったんだ!! ベイルさんは僕の命の恩人だ!! ベイルさんのような優しくて強くて、誰よりもカッコいい方を不合格にするような冒険者ギルドなど、こちらから願い下げだ!!」
リュカの真剣な表情と啖呵に、更にキョトンとするブライアンとクスクスと笑みを溢すソラ。
「大丈夫だよ! ベイル様。リュカちゃん。ギルドの偉い人は『びっくり』で『楽しみ』だよ! きっとみんな『合格』出来てるよ?」
「……ソ、ソラ。本当か?」
「ソラちゃん……」
俺とリュカが同時にソラに視線を向けると、豪快な笑い声がダンジョン内に響いた。
突然の大爆笑に今度はこちらがキョトンとする。
「ブッハハハッ!! お前たち最高だ!! 『不合格』なはずがねぇだろ!? ベイル。お前は多分俺より強い! そっちのエルフもすでにAランクほどの実力があるし、『魔力の練度』を上げりゃまだまだこれから成長する!! そっちの嬢ちゃんはまだ少し危なっかしいが、魔力量は大したもんだ!!」
「「…………」」
「『合格』に決まってるだろ! こんな逸材を『不合格』になんてするはずがねぇ!! それに、『黒炎の件』はSランクの依頼に入ってる。お前達が望むなら昇格したランクから始めさせてやることもできるぞ?」
ブライアンは満面の笑みでツラツラと言葉を続けるが、いまは上手く思考ができない。
(……俺が『冒険者』……。なによりも『自由』な者の証明……)
グッと目頭が熱くなる。これまでの人生の中で、初めて自分の意思で挑戦し、達成した。とてつもない安堵と幸福感に包まれ、息が苦しい。
「ブッハハハ!! それにしても、えっと『ソラちゃん』?が1番落ち着いてるぜ!」
「おじさん! ソラが落ち着いてられるのは、ベイル様が居てくれるからだよ?」
「……お、おじ、」
「ソラちゃんの言う通りだ! ベイルさんが居てくれるだけで、どれほど心強いか知らないだろう!? 『おじさん』!」
「お、お前達。このブライアンをお、おじさんって……、こ、これからは『ギルドマスター』って呼べ! この『規格外のルーキー共』!!」
3人の会話を聞きながら自然と頬が緩む。「ったく、最近の若いヤツらは……」などと悪態を吐くブライアンの顔はとても嬉しそうであり、とても優しい笑顔だ。
これからの上司の姿に更に胸を締め付けられながら、俺はマスクの下で唇を噛み締めた。
(……待ってる。俺の『自由』が。何も心配はいらない。『冒険者になる』という選択は絶対に間違ってなかった……)
感動を噛み締めていると、ソラはまた俺の首に腕を回し、
「ありがとう、ベイル様……。ソラはベイル様といれてとぉーっても幸せ……」
と小さく呟いた。リュカはそんな俺達に「ふふッ」と小さく笑みを溢し、俺の手を取り、
「ベイルさん。『私』もずっとベイルさんの側に居させて下さいね?」
と小さく首を傾げ頬を染めた。
「ハハッ……俺はいま、とっても幸せだ……!」
口に出すと余計に実感する。俺の『自由』への第2歩目を上手く踏み出せた事に。
「おぉーい! 帰るぞ! 冒険者ギルドに!」
ブライアンは転移魔道具を設置し終えたようで、俺達に向かって声をかけた。
『冒険者ギルド』
俺の新しい職場。
俺はソラを抱いたまま、リュカと手を繋ぎ、晴れやかな笑顔でその門を潜った。
ーーーーー
【あとがき】
ここまで読み進めて下さった皆様。
大変ありがとうございます。
これにて1章完結です。
あまりいないかもしれませんが、「2章も書けよ!」という方は感想やレビューをしてくれると幸いです。
何作か書いているので、よろしければ他作品もよろしくお願い致します!
またお会いしましょう!
【最強の元諜報員】は冒険者になりたい〜嵌められた俺は、王家直属の『スパイギルド』から華麗に逃げ出し、ギフト【百面相】を駆使して『自由』を謳歌します〜 夕 @raysilve
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