第35話 元諜報員は恥ずかしいが力を誇示する




 【超感覚】による大気の歪みを察知した俺はブライアンがいるであろう方向を一瞥しながら、バックバク、ドッキドキだ。


(……し、視線を感じる!! た、多分めっちゃ見てる!!)


 姿は視認できないが、自分に向けられている視線には敏感だ。おそらく俺にしか視線を向けていない。2人はブライアンの存在に一切気づいていないようだ。


 ソラは緊張した面持ちでギガントミノタウルスに釘付けで、おそらく【超嗅覚】どころじゃないのだろう。



グオオォオオオオン!!!!



(……はいはい。お、お前は少し待っててくれ……。ちょ、ちょっと時間をくれ!!)


 馬鹿でかい咆哮よりも自分の心臓の方がうるさい。鼻と口を覆っているマスクが何だが息苦しく感じてしまう。


 『今まで』とは『真逆』の事をする……。『痕跡』を残す。派手で忘れることの出来ないインパクトを与えるんだ。


 俺はマスクに手をかけ、ふぅ〜っと息を吐き出しゴクリと息を飲む。


(大丈夫……。俺は『冒険者』になる!! それに……、俺はもう1人じゃないしな……)


 俺は深く決意を固めながら「ふっ」と小さく笑みを浮かべ、マスクを外した。

 



グオオォオオオオン!!!!



「ベ、ベイルさん! これは……!!」

「ベイル様……、とっても大きいね……!!」


 リュカとソラは少し空気に飲まれているように見える。巨大な咆哮が威嚇なのだとしたら、その効果は充分だろう。


 確かに初見だとしたら、かなり威圧的な外見だ。


 腕は巨木のようでいて、体躯は通常のミノタウルスの3倍程度。何より手に持っている大斧は殺傷能力が高そうだ。


(……ん? 昔の『ギガントミノタウルス』は、大剣を持っていたはずだが……?)


 そんな事を思案しながらも、以前見たギガントミノタウルスよりも一回り小さい気がした。まぁ対峙したのが子供の頃だったのだから、そう見えても仕方ないと思考を一蹴する。



グオオォオオオオン!!



 ギガントミノタウルスはまた咆哮を上げると大斧を振りかぶる。スピード自体は大した物じゃない。だが、その巨躯から繰り出される威力は『並』ではないだろう。


 リュカとソラの身体が硬直したのを視界の端に捉える。本来の2人の実力なら、『この程度』の魔物ならどうにかなるとは思うが、未知数の実力に警戒した様子だ。


(《超加速》、《身体強化》、《脚力強化》……)


 俺は即座にギフトを発動させ2人を抱き、一瞬でギガントミノタウルスの背後へと回り込む。


「ベイル様!!」

「あ、ありがとうございます!!」


 少し緊張が解けた2人に笑みを溢す。


「あれ? ベイル様、マスクが……」


 ソラは嬉しそうにニカッと笑顔を作り、リュカは唇を噛み締め紅潮させる。



 ギガントミノタウルスはまた大斧を振りかざすと、俺達目掛けて振り下ろしてくるが、俺は2人を抱えたまま難なく跳躍して躱しながらも、その大斧は轟音を立て地面を抉る。



ドガーンッ!!!!



「な、なんて威力……」

「あんなのが当たっちゃったら……」


 2人は更に困惑した様子だ。とても正常な判断が出来ていない。俺は小さく息を吐き口を開く。


「リュカ、お前なら大丈夫だ! 安心して『矢』を放て。緊張しなくていい……、何があっても俺が守るから!」


 俺の言葉にリュカはコクリと頷き瞳に力を宿らせる。



「ベイルさん! 『僕』を見てて下さい!! 《風弓連弾(ウィンドボウ・ラッシュ)》!!」


 リュカは即座に特殊な弓矢を引く、『風の矢』を一気に28発放った。当初の予定通り、ギガントミノタウルスの視界を奪うように、四方八方から瞳を撃ち抜く。


ドスッドスッドスッドスッ………


 瞳を撃ち抜かれたギガントミノタウルスは悲痛の叫びを上げ、斧を手放し頭を抱える。


 そのあまりに正確な弓の技術に頬を緩め、集中し切った男前なリュカの横顔にドキッとする。


(見てるか? ブライアン! これだけの弓術を持つ冒険者はそうそういないだろ……?)


 視認できないブライアンに声をかけながら、リュカの魔力コントロールに驚嘆し、横顔に見惚れてしまう。先程までの動揺を一切感じさせない真剣な表情。


「リュカちゃん……。カッコいい……!!」


 ソラの感想は間違いない。


 リュカにはこの顔がよく似合う。頬を染めている時の綺麗で可愛い表情もいいが、真剣で集中している顔の方がより魅力的だ。


「ソラ……。次はソラの番だよ?」


「……う、うん!! ソラも頑張る!! ベイル様、使ってねッ!?」


「うん。任せな?」


 ソラは安心したようにニカッと笑い、


「《青焔(ブルー・フレア)》!!!!」


 と大声で叫ぶと【青焔】が轟音を立てる。



ゴォオオオオオオオオオ!!!!



 出力最大の【青焔】。それは階層を埋め尽くすほどの勢いと眩さと熱量……。俺は即座に【火炎操作】を発動させながら、ゴクリと息を飲む。


(これが自分の意志で操作できれば、ソラは……)


 自分には決して真似できない圧倒的な『創造』。


(これが『魔力』の暴威……)


 なぜかはわからないが目頭が熱くなる。


 ソラの境遇や自分の境遇。ソラの『才能』とこれからへの『期待』。目前に迫った『冒険者』への切符……。


 色々な感情が混ざり合いながら、必死に創造し続けるソラの表情を見つめる。小さな身体に『空色の瞳』。その表情には否応なしに込み上がってくる物がある。


「……ソラ、もう充分だよ……」


 そっとソラの頭に手を触れ、ぎこちない笑顔を浮かべる。上手く笑えない自分に激しく動揺しながら、ソラの【青焔】を片手で操作する。



ブォワッグオオッゴォオオオオオオ!!!!



 リュカの『風の矢』でたたらを踏むギガントミノタウルスの周囲を囲むように『青焔』を操作すると、グッと拳を握りそのままギガントミノタウルスに着火させる。




グォオオオオグッアアアアアア!!!!



 眩い【青焔】に包まれたギガントミノタウルスの苦しむ叫びがダンジョンに響き渡る。



(どうだ? ブライアン……。ソラとリュカは……。とっても優秀でとっても『才能』を秘めてるだろ……?)



 冒険者『ベイル・カルナ』として、初めて出来た仲間。その2人は荒削りながら膨大な『伸びしろ』を感じさせる。


 ソラは膨大な魔力量。リュカは正確無比な技と魔力コントロール。


(俺も……、俺も力を誇示しないとな)


 【青焔】に包まれ、もがき苦しむギガントミノタウルスは放っておいても息絶えるだろう。


 でも、魔物とはいえ早く楽にしてやりたい。

 ブライアンに俺の有用性を示したい。


 バチバチッと身を焼かれ続けているギガントミノタウルスに俺はまたも『最速』を選択する。


(《閃光》……)


 ダンジョンに『光』が走る。この刹那で複数のギフトが頭を駆け巡る。選択肢は【圧縮】、【腐食】……いや、1番派手で1番威力のある……、


(《爆破》!!)


 俺は【青焔】に包まれるギガントミノタウルスの頬に触れた瞬間に【爆破】を発動させる。



ボォオオオオンッ!!!!



 巨大な頭は跡形も無く爆散する。ギガントミノタウルスの苦しみの咆哮は轟音と共に消え失せ、首から上がなくなったギガントミノタウルスはドゴーンッと大きな音を立てて倒れた。



「ベイル様ぁああ!!!!」


 ソラは心底嬉しそうな元気で無邪気な笑顔で俺に向かって走ってくる。リュカは放心したように口をポカーンと開けていた。


(……やった!! これで……)


 俺は飛びついてきたソラをギュッと抱き止めながら、15階層攻略と『冒険者試験』の終了を実感していた。 


 

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