クソニートだった俺が異世界に転生したので無双してみます ~やっぱりダメでした~
佐倉 るる
クソニートだった俺が異世界に転生したので無双してみます ~やっぱりダメでした~
俺の名前は、
どうして働いてないかって?理由は簡単、めんどくさいからだ。
極力、動きたくないのだ。
最初の頃は、働いていないことに対して罪悪感があった。「どうしてこんなに俺はダメなんだろう」「ずっとパソコンの前にいたって何もならない。動かなければ」「でも、もう2年もこの調子だ。この2年俺は何をした?何もしてない…。ここで動いたとて、もう遅いのでは…。いやでもしかし…」なんて、自己嫌悪していたが、ある日吹っ切れた。
働かなくても両親が養ってくれるから、衣食住に困まることはない、と気付いたのだ。たまにドアの外から「働きなさい」という声が聞こえてくるけれど、ヘッドホンをしていれば、そんな声は、『ない』に等しいため、なんの問題ない。
今の環境で許されているのだから、この環境を甘受して何が悪い。
動くのが嫌いな俺は、もちろん運動も大嫌いで、知らないうちに100kgを超えてしまったが、関係ない。だって、俺はなんだかんだ、やればできる男だからだ。40kgくらい1週間で落とせるだろう。
今の俺は本気を出してないだけなのだから。
と、言っても、俺は、小学、中学、高校と、成績優秀だとかスポーツ万能だとかいうことは、特になく、どちらかというと、中の下くらいだった。
だけど、友達があまりいないのも、スポーツがいまいちなのも、成績が振るわないのも、全て本気を出していないせいだ。
そんな本気を出していない俺は、今、なぜか真っ暗な世界にいる。
ここは…どこだ?
頭がズキリ、と痛む。
俺はたしか…、炎天下の中、クソ母親に【限定品のライアちゃんフィギュアを買ってやる】というのをネタに、無理やりスーパーに駆り出されたところまでは、覚えている。
じめっと蒸し暑くて、歩くたびにHPが減っていくのがわかった。吹き出る汗が止まらず、こんなことなら外に出なければよかった、なんて後悔してたな。
半年ぶりの外。何も変わっていない住宅街。あまりの暑さに辟易しながら、俺は横断歩道の前で、信号を待っていたはずなんだ。
………そうだ、思い出した。
あの時、信号を待っていた俺は、居眠り運転をしていたトラックに…
はねられたんだ―――
てことは、ここは病院かどこかか?
判断しようにも、目が開かないうえに、体も思うように動かない。
さしずめ、当たりどころが悪く意識不明の重体といったところだろうか。
にしても、暇だ。 何もすることがない。
さっきはあまりにも暇過ぎて俺の人生をダイジェストで振り返ってしまったが、それでも足りぬほど、時間を持て余している。動けないこの致命的な状況が、地獄のような暇な時間を作り出す。
だが、ニートの俺には、
暇こそ至極。暇こそ最強。暇こそ正義。
そして何より、俺には、最強の想像力がある。今までゲーム、アニメやラノベで蓄えてきた知識、発想力を舐めてはいけない。この想像力を持ってして、妄想を繰り広げ、目が覚めるまでこの退屈さを
―――5分後。
………つまらん。圧倒的につまらん。なんの妄想も浮かんでこない。よく考えたら、家の中でPC、ゲーム漬けの生活。手持ち無沙汰になる状況なんてなかった。
俺は常に作品を、椅子に座り、菓子を食べながら、消費していただけ。生産したことなど一度もない。そんな状況下の中で、想像力なんてものが
せめて目が開いて動画が見れたなら、退屈せずに済むのかもしれないが、いかんせん目が開かない。諦めるほかない。
「η○υ%κυ…」
俺がぼーっと、ひたすらに時間を浪費していると、遠くの方から、男か女かもわからない声が耳に入ってきた。
だ、誰だ!
声を出そうと試みるも、目も開けることができない俺にできるわけもなく、俺は、黙って声を聞く。
「οτ※κον%κο…」
ドアの外から話しかけているみたいに、声がくぐもって聞こえる。
「υρ×σι°%να」
「κι△το ιικ※δα%°ε」
声質が違う複数の音が聞こえる。どうやらドアの外で複数人で会話をしているようだ。
しかし、何と言っているんだ?全然聞き取れん。暇なんだ。つまらない話でもなんでもいい。暇を潰させろ。もっとハッキリしゃべれ。
そんな俺の願いも虚しく、二言三言聞く限りでは、言葉が聞き取れそうにない。
あー全然わからん。もういいわ。
諦めが早いのも俺のいいところの一つだと思う。無理してやらない。頑張って努力したところで、できるようになる可能性はほとんどない。無理したっていいことなんて何一つないのだ。
「ηαυακυ υμαρετεοιδε」
何言ってるかわからない奴らの声を、ぼんやりと5分ほど聞いているうちに、くぐもったままだが、はっきりと言語として声を認識できるようになった。
なんと言っているのだろうか。日本語のようにも聞こえるが、外国語のようにも聞こえる。つまり、どの国の言語か、何を喋っているのかは、全くわからないのだ。
もしかしたら、両親が、トラックに
なんだかんだ、俺、両親に愛されてたもんな。
「どうしようもないバカ息子」「この家の穀潰し」などと、罵詈雑言浴びせられていた俺だが、一人っ子だった俺は33歳という歳まで、親の愛を一身に受け、養ってもらっていた。あの暴言も親からの愛のムチだということは、十分理解している。
すまんな、父母よ。意識はあるんだ。もう少ししたら、目が覚めるだろうから、待っていてほしい。
ふいに、先ほどまでの会話が途切れたかと思うと、喋り声がメロディに変わる。
歌だ。聞いたこともない曲調だが、ゆったりとしたリズムが心地がいい。その歌の居心地の良さに俺は、意識を手放した。
それから数日間(正確には何日くらい経ったのかわからないが)、俺は、この暗い世界で生活することになる。真っ暗なことと、相変わらず何を言っているかわからない言葉が、時折、遠くから聞こえてくることに、変わりはない。
だが、一つ進歩があった。ちょっとずつだが、体が動くようになってきたのだ。足を動かしたり、手を動かしたり、寝ている向きを変えたり、とできるようになったことは、大きな進歩だと思う。
このまま目が覚めるのではないか、と思うのだが、そこに大きな壁がある。文字通り、壁があるのだ。少し動くと壁にぶつかって、思うように動けない。そればかりか、やはり目を開けることができないのだ。
今俺がいるところは、すごく狭い空間のようだ。まるで箱の中に閉じ込められているみたいだ。
ここは、病院じゃないのか?
それに、日々この暗い中で生活していくにつれて、どんどんスペースが小さくなっていっている気がする。
…あれ…なんか、しんどいぞ。しんどい。めっちゃしんどい。
突然、そんな感情に襲われる。どんどんと空間が狭くなって俺を押しつぶす。
苦しい、痛い、辛い。今すぐここから出たい。
俺は、思わず感情的に暴れ出す。耐えられん。こんな狭いところ、耐えられん。その一心で、暴れる。
暴れているうちにも、空間はどんどん狭くなる。息が上がってくる。うまく呼吸ができない。
ああ、もうダメかもしれない…。
そう思った瞬間、俺は狭い空間から放り投げられ、世界がパッと明るくなった。
突然の解放感と光に、俺は狼狽える。ずっと暗いところにいたせいか、あまりの眩しさに、目が痛む。
こんな強い光を俺は今まで感じたことがない。光ってこんなに暖かったんだな…。
なんだかその光があまりに尊くして、胸がいっぱいになる。
あ、やばい。泣きそうだ。
その瞬間、
―――おぎゃぁ!おぎゃぁ!!!
思わず声が溢れ出た。
……おぎゃあ…?
今の声、俺の、泣き声、なのか…?あまりに、ダサくないか?久しぶりに声を出したから、こんな間抜けな泣き方をしてしまったのだろうか。
しかし、「おぎゃあ」という泣き方…、どこかで聞いたことあるぞ。なんだったか……。
そうだ!思い出した!赤ん坊…、赤ん坊だ!「おぎゃあ」という独特の泣き回し、これは赤ん坊特有の泣き声だ!
なぜ、俺は赤ん坊特有の泣き方で泣いているのか、意味がわからない。状況把握したい。今のこの状況を詳しく自分の目で見たい。
しかし、眩しい!涙も止まらん!おぎゃあを止めることができない上に、目はくっついて開かない。
解放されて嬉しいのか、状況が理解できなくて悲しいのか、自分の感情すらわからないまま、俺はただただ泣き続ける。
こうして俺は、産声をあげたのだった。
「おぎゃあ」事件から、半年という月日が経った。
どうやら俺は、トラックにはねられたとき死んでしまい、この世界に転生したらしい。
俺がずっと夢にみていた異世界転生ってやつだ。
数多のラノベで繰り返されているように、俺も現代日本の知識で無双してやるぜ。
前世はクソみたいなニート人生だったから、全然未練なんてものがない。前世の両親には歩いが、俺は新しい生を謳歌したいと思う。
ちなみに、俺の名前は、ダティ・グアストラフというらしい。多分。きっと。
明確にわからないのは、この世界の奴らが喋っている言葉、言葉の発音や、文字はあまりに難しくて理解できないからだ。発音を聞いている感じ、多分、ダティ・グアストラフ、だと思う。
俺は今、ベビーベッドの中で寝ている。青い壁には、簡略化された雲と飛行機が描かれており、部屋の至る所におもちゃが飾られている。俺はこの家の念願の子供、と言ったところだろう。この世界の生活基準がわからないから、強く断定はできないが、部屋の装飾品や俺の部屋に出入りする乳母を見る限り、お金持ちってわけでもなさそうだが、貧乏ってわけでもなさそうだ。
俺は、俺の世話をしにきた乳母と母をチラリと横目で見る。
しっかしまぁ、こういう世界って乳母も母も綺麗なのがお決まりなんじゃなかったか?
俺の家に出入りしている乳母は50代後半くらいのシワのある白髪のおばさんだし、母も目鼻立ちがハッキリとしている西洋系の顔だが、とりわけて綺麗というわけでもない。
異世界転生といえば、メイドが美人なことはもちろん、母親も若妻かつ美人だと、相場が決まっているはずなのに、なんで俺の両親とメイドはこんなパッとしない地味な人たちなのだろう。
せっかく異世界転生できたのに悲しすぎる。
俺は大きくため息を吐き、手を精一杯伸ばし、グーパーさせる。
なんて、暇なのだろう。暇だからこんな余計なことを考えてしまう。お腹にいた時も暇だったが、0歳児なんてもっと暇だ。動けそうなのに動けないなんて、まるで拷問だ。
そんなことを考えていると、髪を耳にかけながら、母親がベビーベッドを覗き込んできた。
「αρααρα δατι δουσιτανο?」
何言ってるんだ、母よ。グーパーしている俺が可愛いから、誉めているのか?
言葉がわからないのは不便だ。早く言葉の勉強ができたらいいのだが。
俺には33年生きてきた知識がある。この世界の言語なんて1ヶ月でマスターしてやるよ。
「μίλκ γα ηoσινονε」
母が何かを言うと、哺乳瓶を取り出して、俺の口に
うっま。
いつ飲んでもこのミルクは美味しい。
俺の母は母乳をあげるということはせず、ミルクのみで俺を育てるようだ。つまり、母の乳を吸うというラッキースケベはないということだ。まぁ、美人でもないおばさんの乳なんか見たかないけどな。それに、乳母と母が淹れてくれるこのミルクが、とても美味しいから、文句はない。
欲しい時に泣けばミルクがもらえる。最高だぜ。
ただ、うんちをしたときに、取り替えられるのは気恥ずかしいがな。
手取り足取り乳母と母親に世話をしてもらっているうちに、2年と半年が経った。ダティ・グアストラフは3歳になったのだ。
ベビーベッドを卒業し、元気に走り回れるようになった俺は、今、大きな壁に直面している。
言葉を、覚えられないのだ。パパ、ママという単語であろう言葉の発音があまりに難しすぎる。
目の前にいる父親と母親が、精一杯「Πάδιι」「μαμιι」と喋ってみせている。
なんだあの子音は。どんな舌の動きをしてるんだ。まったくわからない。どう口を動かせばいんだ。
現世の記憶を持っているせいで、モノを覚えるの隙間が脳にもうないのか、暗記力がまったくない。
そもそも、俺は、前世も合わせれば36歳のそこそこ中年の男。柔軟な脳など持ち合わせていないのだ。
それに、よくよく考えてみたら、中学、高校のときですら、英語が全くできなかった。そんな奴がこの世界の言語をスムーズに理解できるわけない。
だから、未だに両親の言葉が理解できず、目の前にいる両親を悲しげな顔にさせてしまっている。すまない、父母よ…、俺だって、お前らの名前を呼んでやりたいよ…。なんなら、0歳の時に何か言葉を喋って、「天才だー!」と言われるのを毎日妄想してるよ。
だけど、このザマ。なすすべなし。
「κιττο δαιζοβ. Κορεκαρα σναβερερυ νωνι ναρυθα」
「だかりゃ、何言ってりゅのかわかりゃないんだよ…」
「?」
拙い日本語でぼやいてみたが、父と母はお互い顔を見合わせて、首を傾げている。この両親にはやはり日本語は通じないようだ。
クソッ!
言葉でつまずくなんて思っても見なかった。大失態だ。異世界転生あるあるの天才神童になる予定が、言葉が覚えられないせいで、すべて台無しだ。
言葉という伝達手段がなければ、俺がいかに天才かを伝えられないじゃないか。俺は技術の発達した、日本で育った。しかも、俺の中身は33歳。そんじょそこらの子供よりも頭がいい。その知識を披露すれば、天才だともてはやされるに違いないのに、その機会すら与えられないなんて。神様は酷いことをしやがる。
ちなみに、歩けるようになったのは、1歳2ヶ月の時だ。普通の赤ん坊と変わらない。0歳児で歩けたら神童と言われていたのだろうか、と妄想するも、実際に歩けてないのだから仕方がない。
勉強が嫌いな俺は、本当はこの国の言葉を覚えることをやめたい。だけど、さすがにここで
言葉を覚えなければ、前世の記憶を持っているというアドバンテージを活かして、異世界を無双する、ということだってできないし、それになにより、生きていくのが大変そうだ。
だから、理解できないなりに、言語の勉強を頑張ることにした。と言っても、母親が絵本何度読み聞かせてくれるのを、受動的に聞くだけだが。
ああ、そこらのライトノベルのように簡単に言語を話せたらいいのにな。現実は、そう甘くない。
神童になることに憧れを抱いて早3年。月日はものすごく早いスピードで流れ、俺は5歳になり、この世界の小学校へ通う年齢になった。
俺はこの世界の言語を、ペラペラとまではいかないが、簡単な言葉での意思疎通ならすることができるようになった。
おそらく、俺の喋り言葉はカタコトレベル。しかし、それでも理解してもらえるし、俺も相手の話していることを6〜7割は理解できるようになったため、とりあえずは困っていない。
言葉が理解できるようになり、わかったことだが、この世界は、剣と魔法の世界のようだ。そう、まさに俺が望んでいた異世界だ。
この帝国の名を…。………なんだったかな。
30代になったあたりから、カタカナ・横文字がめっぽう弱くなったせいか、こういう長ったらしくてややこしい単語を覚えられない。
まぁとにかく、ここはナントカっていう帝国で、住民たちは皆、魔法が使えるってわけだ。
ナントカ帝国では、5歳の時に、日本でいう小学校のような施設に入り、国語算数などの基礎学問を学ぶ。そして、10歳になった時に、日本でいう中学校の入試試験みたいなものにあたる、全学校魔力測定検査があるというわけだ。
とにもかくにも、俺は転生者。5年後の魔力測定、見てろよ、あり得ない数値を出してやるぜ。
っと、その前に、小学校だ。とうとう俺の神童っぷりを発揮させる時が来た。
先日、小学校の入学式と学校のオリエンテーションが終わったため、今日から本格的に授業が始まる。今日は、実力テストをするらしい。
小学校は日本の小学校というよりも、西洋風の大学みたいに
俺の魂は、今38歳。小学校の授業なんて余裕のよっちゃんだろう。
玄関の前の鏡の前に立って、両親共に目鼻立ちの整った西洋系の顔なのに、まるで全く遺伝してないかのような、特にこれといった特徴がないモブみたいな顔をしている俺の姿をまじまじと見る。紺色のブレザーとズボンに、赤いボタン式ネクタイが俺の冴えない顔にもよく似合う。なかなか悪くない制服だ。それに、モブみたいな顔もラノベ主人公っぽくていい。ふむ、やはり悪くない。
姿見を見ていると、トンッと両肩に温かい手が置かれる。母親だ。母親は一緒に姿見を覗き込むと、優しく微笑む。
「ねぇ、ダティ、今日からσωγακκοで授業だκεδο、緊張しτεναι?」
「ダいジョブー」
「ならいいんだけど…」
「マまは、シンパイ、しすぎダテー」
母が何言ってるか途中でわからなかったが、多分小学校デビューを心配しているのだろう。気にせず、流暢な言葉で話してやる。そんな俺を見て、母は優しく頭を撫でる。
「頑張ってね、ダティちゃん」
「ウん!」
俺は笑顔で母親に返事をし、小学校まで行く馬車に乗ったのだった。
…と、意気込んで小学校にきたものの、俺は今、机の前で打ちひしがれている。
長机の前に5歳のチビ助共と並んで座り、机に置かれているプリントを
…このプリントに書かれていることが、なにも、わからない。
地球とは数字の表記の仕方が違うことは、絵本を読んで薄々気がついていた。そして、今、このプリントを見て確信した。足し算とか引き算とかの記号も違うということを。
地球で習ったような「+」「-」「×」「÷」のように簡単な記号なら、まだ、いい。この世界の記号は、そう、まるでそれはアラビア文字のように、蛇がうねっているようなわけもわからない記号なのだ。
考えてみたら、そうだよな。だってここは地球ではない他の星なのだから、地球と同じ文字になる方がおかしい。
しかし…、これを、覚え直さないといけないのか…?38歳にもなって…?
目の前の蛇文字を睨みつける。凝視したところで、数字も符号も、何もわからない。
「さぁ、みなさん!じつりょく、テストです!まずは、といて、みましょう!よーい、すたーと!」
担任のグルバレェア先生(おそらくこういう名前)が、柔らかい物腰で一音一音丁寧に発しながら、声を上げた。
―――カリカリカリカリカリカリッ
「え、まじ…?」
クラスの皆がすごい勢いでプリントに回答を書き始める。
うそ…、だろ?俺はここに書かれている文字一個もわからないのに…。
こんなことなら、4歳の時に打診された家庭教師を、余裕ぶっこいて断るんじゃなかった…。
だって仕方ないだろ。小学校1年生の授業なんて簡単だと思ってたんだから。それに、家庭教師なんてものを4歳の時につけて、小学校に行ったら、「えっ、家庭教師もいなかったのにこんなにできるの!?すごい!天才だ!」って褒められないじゃないか。
クソ…。言葉さえ、言葉さえ読めれば、俺は神童になれるはずなのに…。どこまで行っても言葉の壁にぶつかる。
そうこうして俺は、他の教科も算数と同様、プリントに文字を1文字も書けないまま、小学校はじめてのテストを終えたのだった。
俺があまりのテストのできなさに、落ち込みながら、家に帰ると、客間で父と見知らぬ男が、茶色いソファーに向き合って座りながら、なにやら真剣に話しているのが目に入った。
父は、貿易会社に勤めている、
父と見知らぬ人の話にそば耳を立てる。
「うーμ。隣国まで荷物を運ぶνοは大変だな」
「そうでσυね、グタストラフ係長…」
「船を動かす動力を魔力で補っていλυμονονο、時間はかかるし、κολιτσυが悪い。なんとか、簡単に隣国まде荷物を運べるщуданがあるといいのだが…」
俺は、思わず客間に飛び出していた。
チャンスだ。前世の知識を披露できるチャンスだ。親が事業で困っているのを偶然、立ち聞きして、前世の知識を元に、親に助け舟を出す。これこそ異世界転生の真骨頂。神童ダティの物語の始まりだ!
「ダティ!?どうした!?」
父とその部下は、俺の突然の登場にびっくりしたようで、目を丸くしている。
「パパ!魔法なんてなくても、鉄の塊が浮かブんだよ!海や空をネ!」
俺の話を聞きいた2人は、顔を見合わせて目をパチクリとさせる。
「ハハハ、何いってるんだ、ダティ。魔法なしに鉄の塊が空を飛び、海を渡れるわけがないだろ」
父親が優しく俺を
偉大なる現代の考え方についてこれないのは、異世界の
「それガ、あルんだよ!魔法ヲ使わズ、アッちの国カラ、コッチの国マデ、ひとっ飛ビできるモノがサ!空を飛ぶ船、その名ヲ、飛行機ッテ言うんダ!」
鼻高々に言ってみせる。
「ほーう、それはすごいな!そんなものを考えつくなんて!それで、それはどうやって作るのかな?」
「………」
俺は黙った。そう、俺は船や飛行機がどう作られているのかを知らなかったのである。
原理なんて全くわからん。都合よく前世で工学部に入ってたとか、飛行機を作るのに携わっていたとか、エンジンの作り方を調べていたとか、そんな奇跡はなく、マジで何もわからない。
ライト兄弟の伝記マンガを小学校の頃に読んだ記憶がかろうじてあるけれど、全く覚えていない。
ええい!なんでもいい!なんとなくでも伝われば、 父がこう、うまいことしてくれて、大解決って流れになるだろう!それで俺の凄さが認められるっていう寸法だ!
「えート、エンジンっていうナンカすごイ動力ガあってネ、れで鉄の塊を飛ばすといウカ!なんというカ!」
「ハハ!すごい動力か!それはいい!」
うそ、まじ…?今ので、伝わった?
父親がソファーから立ち上がり、俺の前に
成功だ…!やったぜ!俺は父親にヒントを与えることができたのだ!
「よく、考えついたな。お父さんと、ここにいるьукаオラレンデルトは、その動力を、どうしたらいいか、話し合っていた、ところなんだ」
父が俺にも聞き取れるように、ゆっくりと丁寧に話す。オラレンデルトが父に続いて言葉を発する。
「風μαηωをηακοに閉じ込めるにしても、そこまでにβακυδαινα労力がかかりますからね」
「もし、すごい動力の作り方を、ひらめいたら、ぜひ、お父さんに、教えてくれ」
父はにっこり俺に笑いかけると、またソファーに戻り、オラレンデルトと小難しい会話を始めてしまう。
もしかして、何も、役に、立たなかった…?
動力の原理がわからなければ、話にならないらしい。そんなの、聞いていない。だって、ラノベだとみんな簡単に飛行機とか船とか作り出してたじゃないか…!
エンジンがどうしてあんなにパワーがあるかなんて、俺は知らないし、これ以上、どうしようもできない。
俺はトボトボとその場を後にするのだった。
それからというもの、ことあるごとに俺は、前世の記憶で何かできないかと、両親にアピールしてきた。
母が料理に困っていれば、料理のアドバイスを。しかし、前世で料理なんて家庭科でしか、作ったことがなかったため、的外れなことを言って、母を余計に困らせた。
父が経済新聞を読んでいるときは、経済の話を。しかし、経済や株、為替など、全くわからない俺は、父の話を半分も理解できなかった。
乳母が不法に訴えられたときは、力になろうと話を聞いてみたが、そもそも日本と法律が違うこともあって、これまた俺が活躍することはなかった。
………俺の前世の知識、何の役に立ってないのでは…?
というより、俺の前世の知識が全然ないのが敗因な気がする。前世で勉強してこなかったツケが回ってきてしまったのだろうか。
凡人の俺には発想力もないため、知識不足を発想で補うということもできない。
しかし、ラノベの主人公は、なぜ、ちょうどいい知識を持っていて、ちょうどよく何かを閃き、それをちょうどいいタイミングで披露が出来るのだろうか。
羨ましすぎるぜ、コノヤロウ。
そうこうしているうちに、俺は8歳になった。
小学校で簡単な国語を学んでいるおかげか、難しい単語でなければ、この国の言語を読み書きすることができるようになった。ちなみに、ずっとナントカ帝国も呼んでいたこの国だが、本当の名をサンティネット帝国というらしい。
この世界に小学校というシステムがあってよかったと、心から思う。
ただ、授業中、眠くなって寝てしまうこともままあるので、担任の先生に「8歳から授業中に居眠りするなんて、こりゃ大物になるな」なんて、言われている。
さすが、教師、俺の可能性をよくわかっている。俺はいつか大物になる転生者。天才魔法使いのかつての教師として、テレビインタビューされる日を楽しみに待っていてくれ。
ま、この世界にテレビないんですけどね。
読み書きができるようになったとはいえ、ひとつだけ問題があった。読み書きが多少できるようになったとしても、俺にとってこの星の言語は第二外国語。しかも、33歳から学び始めた言語だ。ネイティブのようにペラペラと話せるようにはずもなく、カタコトのままだ。だからといって、元ニートの
しかし、子供というのは残酷なもので、配慮や気遣いっていうものを知らない。思ったことをオブラートに包むなんてことをせず、ストレートに発言する生き物だ。
そのため、俺のカタコトは「変なのー」「なんでちゃんと話せないのー?」「外国人みたーい」などと、同級生のチビ助共に、ひどく馬鹿にされた。
だが、そんな言葉は、痛くも痒くもない。なぜなら、俺は、実年齢41歳だからだ。
変なのは、転生者なのだから当たり前だし、俺は日本人なのだから、外国人で合っているし、ちゃんと話せないのも事実だから仕方がない。
それに、もっと汚い言葉を俺は前世で浴びせられてきた。罵られているのは、慣れている。
ハブられたってどうってことない。むしろ、8歳児といる方が苦痛だからな。
こうして俺は、友達もろくにできぬまま(意図して作ってなかったとも言える)、10歳になった。俺にとって新しい言語を小学校で学べたのは不幸中の幸いだった。そのおかげで、成績も中の中くらいを保って卒業できたわけだしな。歳のせいで物覚えが悪いのと、予習復習が嫌いでやらなかったにしては、よくこの成績を保てたと思う。もしかしたら、ノーベル賞も取れてしまうかもしれない。
満を持して10歳になった俺は今、前世で言うところの、中高等部入学試験、つまり、魔力測定検査試験をする会場にいる。
試験会場は、室内の円形競技場、つまり、丸い体育館のようになっていた。2〜3階の観覧席には父母たちが埋め尽くすように座っており、1階の会場を見守っている。
公正を期すために、父母や近隣住民ら、大勢の目のあるところで試験を行うのだという。
実は、このサンティネット帝国では、この魔力測定新作を受けるまで、魔法を使うことを禁じられている。バレたら即刻国外追放だそうだ。10〜9歳以下が魔法を使うと暴発して、子供の命の危険があるからだとか何とか。
しかし、それは建前で、おそらく大人の事情ってやつで10歳以下魔法禁止にしてるのだろう。
知らんけど。
だから、ここにいる少年少女たちは、俺を含め、今まで魔法を使ったことない子供たちだ。もちろん、チビ助たちや大人たちに一泡吹かせようと魔法にチャレンジしようとしたが、どう魔法を放てばいいのかわからず、諦めた。
本でやり方を見て挑戦してみる、とか、父母に魔法の出し方を聞いてみる、とか、してみようと思ったが、ラノベ以外の本、しかも、第二外国語の魔法専門書を読む気にはなれないし、父母に聞いてもはぐらかされて終わるだろうから、聞かなかった。
まぁ、本音をいうと、色々動くのがめんどくさかったからだが。
と、いうわけで、俺は試験という正念場に立たされている。試験会場は広いので、第1グループから第7グループにわかれ、各グループ1列に並び、試験をするようだ。
そして、俺は第4グループの列の先頭にいる。トップバッターに選ばれてしまった。
そんなことってあるか…?
転生者の俺が、トップバッターに選ばれる。まるでマンガのような展開じゃないか?
胸熱展開に、俺は自身の手をぎゅっと握った。
「あーあー、みなさん聞こえますか?」
試験会場全体にしゃがれたおじさんの声が響き渡る。
「えー、はじめての魔力測定ということで、皆さん緊張されていると思いますが、大丈夫ですよ。大人は皆、通ってきた道ですのでね。えー、コホン。さて、試験のやり方、魔法の打ち方を簡単にではございますが、説明させていただきます。
まず、受験者は、自分の番になり次第、丸い水晶、これは、魔法石なのですが、その魔法石の右にお立ちください。そして、左手にある魔法石に手を置き、精神統一をし、炎の魔力をためるイメージを持つのです。魔力が溜まったと感じたら、右手を前に出して、列の一番前にある的、クマの形をした人形に、溜まったものを放出してみてください。そうすると、魔法は出ると思いますから。では、皆さん頑張ってください。試験、スタート!」
あまりのざっくりした説明に、目が点になる。なんだあの説明は。感覚的すぎるぞ。何も要点を掴めなかった。
しかし、他のグループの連中は、あの説明で理解できたのか、試験を始めている。
まずい、まずいぞ。遅れをとるわけにはいかない。
俺は、意を決して、水晶の横に立ち、水晶に手を触れる。
えーっと、確か、精神統一をして、魔力が溜まるイメージをするんだよな…?
精神統一…?精神統一ってなんだ…?わからんからとりあえず、魔力が溜まる妄想をしよう。
溜まる、溜まるぞー、溜まってるぞー…。
…これ溜まってるのか?わからん。でもなんか胸元あたりがカーーーっと熱い気がする。なんか今なら、出せるかも知れない。
そう思って、俺は、手を前に掲げ、溜まったものを出すイメージで手に力を込める。
「
ドンっ!
鈍い大きな音が体育館に鳴り響いた。俺の前にあったクマの人形が壊れたのだ。
俺のそれっぽい呪文の後、炎の球が出た。それは、まさしく、
「お、おおお…」
周りから小さな歓声が漏れ、まばらな拍手が湧き起こる。
あれ…?これってまさか…?まさかまさか…?
―――俺、何かやっちゃいました…?
キタ、キタキタキタキターーーーー!
俺はこの瞬間を待っていたんだ!
今までの俺への不遇な環境は、この時のためだったんだ。この時を輝かせるための試練だったんだ!
俺が一番にクマの人形を壊し、そして、はじめての魔法にして、クマの人形を壊す。ただ、当てるだけではなく、壊す。これこそ、強い魔力。並外れた実力の持ち主。
期待の神童、ここに爆☆誕!
俺のチートスキル、ここにて、発☆動!
ドゴーーーーンッ
ドドンッ
ドッドドドドーーーーッ
心の中でガッツポーズをしていると、俺のことを祝福するかのように、そこかしこから、爆発音が聞こえてくる。
……爆発音?
嫌な予感が胸をよぎる。俺は辺りを見渡した。
………えっ。
思わず俺は絶句してしまった。俺以外のグループの奴らの方を見ると、ここは世紀末か?いうくらい炎で燃えたぎっていた。
火事だ。クマが壊れるなんてレベルじゃない。この会場が燃えてしまう。早く消火活動をしなくては。
慌てて2階席の大人たちを見る。しかし、大人たちは呑気にニコニコ笑って拍手喝采を送っているだけだ。
何やってるんだ、火事だぞ!呑気に手を叩いてる場合じゃない!
あたりの異常さに、俺はあたふたと再び周りを見渡した。
………違う、これは火事じゃない…。これは…、
まるで、俺の魔法は、茶番、前座だ、とでも言うように、奴らはでかい炎の球をクマにぶっ放す。
「ねぇー、いつまで突っ立ってんの?試験終わったんでしょー。邪魔なんですけど」
ショートカットメガネの
「ア…、ごめんナサイ…」
「うっわ…、キモっ」
振り返った俺の顔に対してか、それとも喋り方に対してか、喪女は容赦ない一言を俺に浴びせる。
追い討ちだ。
「お前だっテ
いつもは10歳そこそこの子供にキモいなんて言われても痛くも痒くもない俺だが、今回ばかりはこたえ、思わず、言い返してしまった。
「は?自分がクソしょぼ魔力だったからって、八つ当たりしないでくれる…?マジでキモい…。早く向こう行って」
喪女はそういうと、俺を押し退け水晶の横に立ち、シッシッと手を払う。
あんまりだ。あまりに理不尽すぎる。
こういう場面では、転生者が大活躍してチヤホヤされるものじゃないのか?なんなんだこの異世界は。なんで異世界のお決まり事を、ことごとく守らないんだ!
俺は、他の魔力検査試験でも、大した力を見せつけることはできないまま、前世で言うFランの魔法学校に8年間通うことになった。
魔法学校では、俺と同じレベルの奴らが割といることに、安堵した。隠キャの
もちろん、ラッキースケベ的な展開や、ハーレム的展開、美人の同級生に好かれるなんてことは一切なかったし、前世の知識が役に立つことも一切なかったがな。
そして、18歳になった俺は、就活をしている。まさか、51歳にして就活をするなんて思っても見なかったが、せっかく魔法の世界に来たというのに、またニートになって穀潰し扱いされるのは御免だ。
就活をしていく中で、俺は冒険者ギルドなるものがあると知った。さすがは典型的な異世界だ。なんでもござれじゃないか。
冒険者ギルドにはどうやら、SランクからFランクまであるらしく、最高ランクのSランク者は、その存在自体が国家権力と言われるほどで、冒険者たちの目指す称号であり、夢であり、ロマンだ。Sランク者になれば、金も名誉も地位も魔力も、この世の全ての力という力を手に入れることができる。
俺は、冒険者になるべく、ギルドの適性検査を受けるた。もちろん、魔力が全然ないFラン学校を出た俺は、当然Fランクだ。
だが、俺はここから新たな章を始めることを心に固く誓う。Fランクの転生者が成り上がる話は山ほどある。俺もその話の主人公に仲間入りするぜ。
こうして俺のFランク冒険者として、F級ダンジョンに参加する日々が始まった。
始まったのは、いいのだが…。
ダンジョン、やばい。なにがやばいって、やばいのだ。ありえないほど、しんどい…。疲れる。体力がもたない。いままで戦ってこなかった…、いや、運動が嫌いな俺が、柔軟に、機敏に、かっこよく、動けるはずがない。
F級ダンジョンなのに、モンスター怖いし、強いし、死にそうになるし、変な仕掛けとかあるし、ホント最悪だ。でかい蜘蛛みたいなモンスターが出てきた時は、気色悪すぎてその場で吐いた。
おい、他のラノベの異世界転生者たちよ。初見で戦えるお前らは何者なん?お前らがモンスターなんじゃねーの?
そんなこんなで、俺は戦うことを放棄した。もう無理だ、戦えない。あんな狭くて、臭くて、モンスターがうじゃうじゃいて、生と死と隣り合わせなダンジョン、俺には御免だね。まだ穀潰し扱いされて生きるほうがマシだ。
ということで、ダンジョンに行くのをやめた俺が、才能が開花する、わけもなく、ただのダンジョンに出向かない冒険者、つまり、俺は、今世でもニートになったのだ。
「あーぁ、マジしんど」
部屋の中でベッドの上で大の字になりながら、ボヤく。
チートスキルなんて都合のいいものはこの世に存在しない。
人は、ある程度努力して生きなければ、その対価を得ることはできないのだと、この世界で学んだ。
だけど、
俺は努力をしたくない。何でもかんでも、周りにお膳立てされてチヤホヤされたい。無条件で愛され、天才と
努力することがこの世の1番の苦痛だ。人間の性質というものは、そう簡単には変わらないらしい。頑張れないから、前世も現世もニートなのだ。
「はぁ〜…来世はもっと楽な世界に転生できますように〜」
一抹の思いを込めて、俺は呟くのだった。
クソニートだった俺が異世界に転生したので無双してみます ~やっぱりダメでした~ 佐倉 るる @rurusakura
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