喪仮りの土

「これでお手続きはすべて完了です。最後に端末の登録をお願いします。」

私がハンディリーダーを差し出すと、彼女は左手のスマートウォッチをその上にかざす。

端末がヘルスネットワークに登録され、彼女の生体情報が、リアルタイムにモニタリングされる様子がハンディの画面に映る。

「これで、お客様のバイタル情報は自動で収集されます。しかし、医療通報オプションは本当に切ってしまってよろしかったのですか?」

「ええ、ええ。もう遺す人もいませんし、下手に生きながらえたくないんですよ。私は。」

「最後の確認ですが、お弔いの方法は『自然葬』の『広域散布プラン』でお間違え無いでしょうか」

「はい。あの人と同じ形でお願いします。」


明治維新以降、長いこと仏教式の火葬が主流であった我が国だが、宗教的な多様性や、思想信条的な理由から、火葬以外の選択肢を希望する人は増加傾向にあった。こうした需要をうけ、いわゆる身辺整理や相続の手続き、葬儀や埋葬の手続きまで、いわゆる「終活」に関わるもろもろの雑事をワンストップで引き受けるサービスが増えている。

我々「株式会社 アフターウィル」も、そうした「終活関連サービス」の一つだ。

大規模な企業となると自社で催事場を運営したり、医療サービスとの接続など多岐にわたるサービスが用意されているが、我が社では比較的安価な、孤独死を避けるための「健康モニタリング」と、その時が来た時の「葬送処理」までをつなげるサービスを提供している。

今日契約を結んだ彼女は、子供もおらず、配偶者に先立たれたとあって、高齢の一人暮らしへの不安から当社サービスの利用をきめたそうだ。

しかし、彼女が希望する『自然葬』の「広域散布プラン」は我が社で扱う葬送プランの中でも少々異質なものである。

『自然葬』では、ご遺体を燃やしたり、埋めたりするのではなく、マイナス200度近くの低温で急速に乾燥凍結させたうえで、振動によって粉々に砕く。

そうして残った、元の30%ほどまで体積を失った有機粉末を、所謂「肥料」として自然に還すのである。

特に彼女が選択した「広域散布プラン」は、いわゆる自然派な人々の中で広がりつつ有る方法で、有機粉末を可能な限り広域に満遍なく撒くことを目的としている。


人による環境被害の一つとして、「土壌の栄養の偏り」が指摘され始めたのは今世紀初頭のことだ。ヒトが都市に集まり都市で生き都市で死ぬようになって1000年以上が経過した。人が生きる場所には食事という形で栄養が集まり、人が死ねば埋葬される。それらの痕跡は都市を中心とした「栄養の偏り」として土壌へと刻まれる。一説には、これらヒトが生きて死んだ痕跡は、実に1000年以上も土壌に残り続けるのだという。自然から野放図に吸い上げた栄養を自然に還すでもなく都市の周りに積み上げる。死してなお環境を変え続けるという人の本質を幾分か和らげるべく提唱されたのが、この「自身を肥料として広域に撒く」という葬送方法である。


「ごめんなさいね。こんなものしかなくて。」

「いえいえ。お心遣い痛み入ります。頂きます。」

彼女はフレーク状の灰褐色のペレットが盛られた皿を食卓に置きながらいった。体組成を正常化するという触れ込みの栄養食品だ。

置かれた匙でひとすくいして口に運ぶと、不味くも美味くもないがそれゆえに圧倒的な「乏しさ」を感じさせる味が舌の上をざらざらと流れてゆく。

その食事は、健康のためという目的もあるがそれ以上に、「死後」の自分の体に不純物を残さないため、という側面が強い。

彼女にとっての「葬送」は既に始まっているのだ。


窓の外に目をやると、こじんまりとした庭には、丁寧に整えられた家庭菜園が見えた。

「素敵な畑ですね。」

「よろしければ召し上がっていかれますか?」

「よろしいのですか?」

「はい。流石に『ペレット』しかお出ししないというのは気が引けますし......、たしかお住まいは福岡でしたよね?」

「はい。博多です。」

「せっかく遠くからいらしたんですもの。これぐらいはおもてなしさせてくださいな。」

彼女は外履きのサンダルに履き替えて外に出て、菜園からトマトを一つ採って戻ってきた。大ぶりで艶もよく、虫食い一つ無い。

「美しい実ですね。掛けられた手間が見えるようです。」

「ありがとうございます。でもきっと肥料が良いんですよ。」

はにかみながら彼女はトマトを切り分ける。

「私も頂いてよろしい?実は今年最初の実なんです。」

私の目の前に、簡素な皿に盛り付けたトマトを置きながら彼女は言う。

「もちろんですよ!どうか私に許可なんて求めないでください。」

くすくすと、少女のように笑いながら、彼女は楊枝でトマトを一切れ口に運ぶ。

私もそれに続いてトマトを食べた。

途端、瑞々しさとともに、予想を上回る甘みが口に広がった。

「いや、これはお世辞抜きに、美味しいですよ!」

「でしょう?最新の良い種が手に入ったんですよ。なんでもメロンの甘みを出す遺伝子を導入したとか。」

いわゆる「自然派」の人々は、遺伝子操作のようなバイオ技術には拒否反応を示すのではと思ったが、彼女はそうではないらしい。疑念が顔に出てしまったのか、彼女は苦笑しつつ補足する。

「植物自体の組成に足し引きせずに、より良い味が出せるのなら、妙な添加物の入ったドレッシングをかけるよりは、体内に余計なものを入れずに済むでしょう?」

「健康への影響の懸念などは?」

「遺伝子組み換え技術が生まれて以降、平均寿命は伸び続けていますわ。それに、体に善いことが必ずしも、私の生き方に善いとは限りませんから。」

「人」という細胞の集まりにおいて必要最小限の組成として死ぬのが、彼女の現在の「善」なのだという。


その生き方、そして死に方の軸のブレなさへの感嘆とともに改めて見やると、彼女は大粒の涙を流していた。

「本当に、おいしい。いけませんね、普段味気ない食事ばっかりなもので、偶に美味しいものを食べると感激してしまって。」


その涙が決して味覚からだけのものではないことを悟りつつ、気づかないふりをする。


「『地球への罪滅ぼし』なんて、あの人もたいそう立派な理想の元に逝ってしまいましたが、遺された側の気持ちも少しは考えてほしかったものですよ。」

「しかし奥様も自然葬を......」

「私も好きでやってるわけではありませんもの。あれは自己満足の一種ですよ。手のひらで集められ続けている砂山から、ひとつまみを外に撒いて何になるでしょう。」

それならばなぜ、毎日味のしないペレットに耐える暮らしを選ぶのか。私の言外の問に彼女は、

「でも、少なくともあの人は砂山の外に行ってしまいましたから。」

そして、庭の畑に目をやりながら続けた。

「あの人のプロポーズの言葉なんですよ。『僕と同じお墓に入ってください』というのがね。」

彼女の見つめる先にはいまだ鈴なりのトマトがある。まもなくタイマー式の菜園のスプリンクラーが動き出し、トマトたちに肥料入りの雨を降らせ始めた。

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